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高い高い木の話

「僕の生まれ育った場所から遠くないところに、レッド・ウッドの森があるんだ。それはすごくすごく大きな森で、休みやなんかに家族でよく出かけて行って過ごした。そこでは木は100メートルを超えて成長するんだよ。世界の中でも、そんなに背が高くなる木はここにしかないんだ。樹齢は2000年ぐらいらしい。」

私はアイスティのグラスを持ったまま、目の前の公園の木を眺めた。それはせいぜい7メートルほどの木だけど、それでも十分に存在感があった。試しに、100メートルの高さの木がそこに生えていることを想像してみたがうまくいかなかった。

「面白いのは、なぜこの木がこんなに大きいのかってところなんだ。理論的には木はそんなに大きくなることができないはずだと植物学者たちは考えていた。君にも想像がつくように、木は根っこから水を吸い上げるんだけど、重力を考慮すると、100メートル以上の高さに木が水を引っ張り上げることなんてできないはずだからね。でも実際、木は100メートルを超えて大きくなっている。つまり、植物学者たちが間違っているか、木が何か間違ったことをしているか、どちらかだ。」

興奮するでもなく、彼はにこやかにそういった。その言葉を繰り返して、something wrong with the trees、と私は呟いた。

「種明かしをすると、実は木が植物学者たちの予想を超えていた。この森を育てているのは霧なんだ。太平洋からやってくる風が、夏には毎朝濃い霧を発生させる。単純にいうと、レッドウッドの木は、この霧から水分を吸収していたんだ。根っこから吸うのではなくて、木のてっぺんからね。」

じゃあ、私たちが水を飲むみたいに、木もごくごく飲んでいるのね?

「そう言えるかもしれないね。植物はぼくたちが考えているよりずっと複雑に、賢く、生きているんだと思うんだ。」

風景として後景に控えているのではない、匂い立つ生命の塊としての木々。街路樹は妙にくっきりとして、見える世界がぐっと濃厚になったように感じた。

「植物同士がコミュニケーションするのは今や知られているけれど、僕たちだって植物とコミュニケーションが本当はとれるんだ。当然、とれるはずなんだよ。ただ、どうやってそうやるのか忘れてしまっているだけなんだ。やろうとすれば、いつかできるだろう。僕も君も。」

そうかもしれない、と自然に思わせる説得力が静かな声に込められていた。それは特別なことではない、むしろそれが当たり前なんだってこと。遠く離れた場所で、音もなく水を飲み続ける背の高い木のことを想った。冷たい霧の甘露を飲むレッド・ウッドたち。


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レッド・ウッドはいわゆるセコイア。ありがとう、P。




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