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夏みかんの思い出

「ママ、音読聞いて!」
「わかったぁ。何読むん?」
「白いぼうしだよ」
「知ってる!それ、ママも四年生の時にやったことあるわ!」
私のテンション高い返事を聞いた娘は
「そうなんだ」
とそっけなく言って、音読に取り掛かった。
「これはレモンの匂いですか?」
読み始める娘の声を聞くと、物語のあらすじを思い出した。

タクシー運転手の松井さんとお客さんのやり取りから始まるこのお話は、松井さんの実家から送ってきた夏みかんの香りを、お客さんがレモンと勘違いする場面から始まる。
娘の軽やかに弾むような声を聞きながら、私は小学四年生のときのことを思い出していた。

「ちょっと待って待って!」
先生は教室に入ろうとしていた私とクラスメイトを引き留めた。
「いい?集中してよ。先生が今からドアを開けるからね」
なんのことやろと思いながら、ガラガラと開く扉の内側に入った。
「どう?教室の中の匂いは」
扉を開けて驚いた。
教室中に甘酸っぱい香りが広がっていたのだ。
「うわぁすごい、めっちゃいい匂いやん」
机の前まで行った私とクラスメイトの手に、先生は大きくてゴツゴツするものを持たせてくれた。
「さて、これはなんでしょう」
「夏みかんやろ!」
「正解!どう、分かった?これが松井さんと同じ、夏みかんの匂いやねん」

娘の声を聞きながら、夏みかんのゴツゴツした感触、教室中に広がる甘酸っぱい香りをはっきりと思い出した。
娘に聞いてみると「白いぼうし」は四年生の教科書の一番最初に載っている教材のようだ。
私が四年生のときの担任の先生は、盲学校に来た最初の年に私と唯一のクラスメイトだった全盲二人のクラスを受け持ってくれた。
今思えば、目以外の感覚を使うこと、においで食べ物を楽しむことを少しでも私たちに伝えようとしてくれたのではないだろうか?
今の私が改めて「白いぼうし」を読むとどんな気持ちになるのだろう。
近いうちに読み返してみようと思う。


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