クマ出没注意

とうとう実家周辺にもクマが出没したと母からの電話で知る。

子どもの頃、天井からムカデが落ちてくることがよくあったが、そのまま畳の上を這い回ろうとするムカデを火バサミで仕留め、祖母のところに持っていくと油のようなものにつけてくれた。茶色のガラス瓶に漬けられた「ムカデの薬」は、火傷などをした際に祖母が「よう効くで」と言いながら塗ってくれた。

私は昆虫はまるでダメで大嫌いなくせに、ムカデなどの類や爬虫類は平気だったので、これらを仕留めるのも何ら苦ではなかった。幼い頃は家の中にまだ土間があり、朝目をこすりながら起きてくると、土間の壁づたいに青大将が這っていたこともあった。飼っていた鳥目当てで侵入してきた様子で、私は「おばあちゃん!青大将がおる!」と叫びながら、裏の旧台所から先に金具のついた棒を持ってきて、祖母の見よう見まねで蛇を仕留めたりしていた。

裏の旧台所には昔使われていたかまどが残っており、雑多な荷物や備蓄用の野菜、農具の一部などが置いてあったが、ここにもネズミや様々な生き物が侵入してくるのだった。

祖母は時折、来客用の菓子類を食いしん坊の孫の手から守るべく、この旧台所に隠していた。あるとき私は祖母の目を盗んでお菓子を探しにゆき、トリモチ形式のネズミとりを踏んでしまった。サンダルを履いていたので足は無事だったが、悪事の痕跡はしっかりと残ってしまった。

祖母が「ほうれ、大きなネズミが来たようやわ」と笑いながら私のサンダルのかかったネズミとりを始末しに行くのを、私はバツの悪い思いで見ていた。
一度このネズミとりにイタチがかかっていたことがあり、ちょうど『ガンバの冒険』シリーズに熱中していた私は、「ノロイの仲間が…」と思って眺めた。

家の中にはいつも自然の気配があり、そもそも家の外と中の区別も曖昧なところがあった。虫の音も鳥の声も耳元にあり、夏は裏の沢で麦茶や素麺のつゆを冷やし、前の畑でとってきた野菜がそのまま食卓に並んだ。米は自分ところの田んぼからで、野菜は畑から。毎日草引き。周囲の家もみんなそうだった。

そんな実家の生活のなかでも、クマに遭遇したことはなかった。サルやイノシシ、タヌキやイタチはあっても、クマはまだ見たことがない。もっと奥から出てくるようになってしまったのだなあと、故郷の山々に思いを馳せる。

自然が呼んでいる。遠くからずっと、暗い口を開けてざわめきながら。

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