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学芸大学/クラフトビール店を立ち上げたフォトグラファーの話【偏愛インタビューその1】

学芸大学駅から徒歩3分。クラフトビールのボトルショップ、ハマムは学大横丁の2階にある。

店主の土屋さんのセレクトした国内外のクラフトビールが並ぶ店内。買って帰るもよし、店内で立ち飲みスタイルで愉しむもよし、小さな店内には自由な空間が広がっている。

ハマムの店名の由来は公衆浴場。住人が気軽に集まり、会話を始めるような空間になればと名付けられた。名前の通り、自然と集まった近所の人で話が弾み、あたらしい出会いや、いつもの顔ぶれで笑顔が溢れている。

現状ハマムの営業日が定まっていない理由は、店主の土屋さんが、フォトグラファーとの異色の2足のわらじを履いているからだ。土屋さんの偏愛を探る。

振り返ると、「クラフトビール」「写真」「建築」の3つが自分のキーワードになっていると語る。

「子供の頃からものづくりには馴染みがあって、大学は建築学科に進みました。でも、どこかしっくり来なかった。建築は面白いけれど、ハードを作るだけじゃなくて、人が生きづくソフト面にも関わりたい…と、どこか悶々とした思いで過ごしていたんです」

大学時代は、バックパッカーで世界を巡った。そこで出会ったのが写真だった。世界の建築物の写真を撮って回っていたときに、「写真の仕事ならば、建築も人の生き様も撮れる」と気付いたのだ。

せっかく建築学科を卒業したのに…と、両親や友人には不思議がられたが、撮影スタジオに就職。本格的に写真について学び、人物や建築などの撮影を得意とするようになった。

「写真の仕事は自分に合ってましたね。自分の“好き”に素直に従って良かったなと」

「勤めていたスタジオの向かいに建築事務所があったんです。建築好きなこともあり、自然と仲良くなっていき、一緒に100人でキャンプをやるイベントをやったことも。建築関係の友達も広がっていきました」

好きな写真に取り組みながら建築関係の輪も広げる中で、興味を持ったのは、内装やリノベーション。兼ねてから探し求めていた、“ソフト面を両立させる建築”だと感じた。

「どんな人に使ってほしいかまで想像して作る。そのプロセスにとても共感しました。大掛かりな建物だけが建築じゃない。僕の好きな建築は、内装やリノベーションなんだ。暮らしに寄り添った、自分の身体感覚に合う建築が好きなんだと気付けたんです」

その後フリーランスのフォトグラファーとして独立した土屋さん。ある日、建築関係の友人の誘いでクラフトビール店の立ち上げの案件に関わることになる。

「なぜか撮影だけじゃなく内装の手伝いとかもして(笑)。そのときクラフトビールについても学ぶことになりました」

クラフトビールの持つ魅力的なストーリーと、自由度の高さに魅了されたのだ。そこには、なんでも受け止めてくれる寛容さや懐の広さがあった。

「自分が求めているソフトは、“これだ”と思ったんです」

いつかクラフトビールのショップを開きたい。店の内装は自分で手掛ける。“ソフト面を両立させる建築”への想いへの輪郭が、このときはっきりした。

そこでフォトグラファーの仕事を一度中断。2年と区切りを決めて内装の会社に入社した。

「施工現場に出て経験を詰めたけど、写真の仕事と比べると忙しくなって収入は下がりました。あの経験は必要だったし、当時は怖さもなかったけど、今思うと思い切った決断をしてますね(笑)」

穏やかな雰囲気とのギャップに驚かされるが、土屋さんは、直感に正直に行動するタイプだ。それなりに充実した日々を捨て、この一歩を選択できる人は、そう多くないだろう。

内装業界で2年の経験を積んだ後は、フリーのフォトグラファー業を再開。物件を探しながら、いつかのクラフトビールショップ開業に向けて時を待っていた土屋さん。だが都合のいい物件は、そう簡単には見つからない。

ショップ開業は、数年後になるだろうな…と思っていた矢先に、好機が突然現れる。チャンスの神様のタイミングは選べないようだ。

「友人の会社が運営予定の店舗の2階で、クラフトビールのボトルショップをやらないか」という話が飛び込んで来た。

土屋さんのやりたいことや、できることを兼ねてから知っていた友人。双方の構想がぴったりハマったことによる声がけだった。

「広さや立地も、条件もこの上ない理想的な話でした。急に夢にリアル感が出て、不安も怖さもあったんですけど…。失敗したとしても、やって後悔したいなと思ったんです」

思い切って夢に飛び込んだことによりハマムは誕生した。

大きな冷蔵庫には、土屋さんがセレクトしたクラフトビールの缶や瓶が並ぶ。持ち帰ることも、店内で立ち飲みスタイルで愉しむこともできる。

「他で飲めないユニークなものや、自分が美味しいと思ったビールを集めてます。基本的に定番商品はないので、毎回新しい味に出会ってもらえます。一期一会を味わってほしい」

色とりどりのラベルから「ジャケ買い」するもよし、土屋さんに気分や好みを伝えてセレクトしてもらうもよし、そこに堅苦しいルールはない。

手作りの温かみを感じさせる店内は、作り込まれすぎていないことが、肩肘張らずに過ごせる所以となっている。筆者も何度も訪れているが、行く度に、知人に出くわしたり、新たな繋がりができたり、考え事をしたりと、とてもいい時間が過ごせる空間だ。

事実として、ハマムはいつも誰かの出会いや笑顔で溢れている。そこにあるのは、気負いのない空間。

そしてもちろん美味しいビールも。

集う人にとって、「ここだ」と感じる、居心地のいいサードプレイスなのではないだろうか。

ところでフォトグラファーとの両立はどうなのか。最後に尋ねてみた。

「想像以上に大変です(笑)これまでは、全てを自分の手で手掛けたいと思ってた。だけど、店作りも写真の仕事も手を抜かないためにも、もっと周りの手を借りる必要があると痛感しています。店舗の運営の協力者を探して、一緒に店をよくしていきたい」

偏愛と生活の両立は簡単じゃない。「今じゃない」「自分にはできない」と二の足を踏む人もいるだろう。だけど、チャンスを逃さずに踏み出した人にしか味わえない喜びがあり、気付きもある。

「やらない後悔より、やって後悔したい」


踏み出した人の顔は、いつも晴れやかだ。



hammam Craft Beer Bottle Shop 
東京都目黒区鷹番2-21-14学大横丁213
♨️サウナミナミ向かいCHI-FOの2階
Instagram

(写真:岡村憲朋)


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