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朧月

春は朧月なんだよ

幼い頃、母は私にそう教えてくれた

春の夜に空を見上げると

輪郭がぼやけて

淡いグラデーションの丸い月が見えて


四月の夜は

頬に当たる風は生暖かくて

あんなに寒かった毎日が

いつの間にかこんなに暖かくなっているんだと気が付くのは

夜、空を見上げる時だった

体も心もその生ぬるさに違和感しかない

春の夜は、安心

寒くないから 

いつまでも空を見上げていられる

でも

自分の世界の中では

新しい出会いや別れもあったりして

なんとなく居心地の悪いような

様々がないまぜなままで

なんとも言えない感覚で

それが、この体が覚えている春という季節だ


朧月になるのには、遠くの国から黄砂という黄色い砂が飛んでくるからだよ、と

父が教えてくれた

その時の私の驚きと言ったら。

行ったことのない国から飛んでくる砂があって

自分が見上げる夜空の月がぼやけるのだ


どこか遠くに黄砂の砂漠があって

風が吹いたその時

誰かが歩いたその時

ふわっと舞い上がる黄色い砂

その小さな一粒一粒が

大きな風に乗って

私の世界を照らす月にかかるなんて

世界はなんと広いのだろうと

そんなことを想像しながら

春の夜を過ごす子どもでした


おしまい

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