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『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑪

⑪ 「新学期の視線」


○  団地(早朝)

    二学期の初日。

    団地の玄関ホールを飛びだしてくる金森。

    危うく新聞配達の青年とぶつかりそうになる。

    すれ違って数メートル走り、彼がカーディガンを羽織っていること
    に気づく。

    足を緩める金森。

 金森淳  「(つぶやくように)夏が終わるというのか」

    あらためて周囲に目をやる。

    季節の移り変わりが実感できるかどうか確かめようとする。

○  団地周辺の風景

    敷地内の植え込みに咲く朝顔。

    風になびく雑草や昇りはじめたばかりの朝陽。

○  丘陵の住宅街

    薄っぺらな学生鞄を抱えて走りだす金森。

    つがいらしきスズメがしばらく併走。

    そこかしこに夏の終わりの気配。

○  バイパスへ向かう道

    いつもの登校路を折れ、バイパスにつながる坂道を駆ける金森。

    朝焼けは消え、カッターシャツがもう汗ばんでいる。

    突きあたりの路地を入ったところにスナック冴子がある。

○  路地

    角を曲がろうとして路地の入り口で足を滑らせる金森。

    ゴミ袋のいくつかが破れ、数羽のカラスがたむろする。

    ゴミを蹴っ飛ばし、大声でカラスを蹴散らす。

    そのとき路地の奥で何かが動く。

○  スナック冴子・表

    段ボールを敷き、雑誌を枕に酔いつぶれるラリーさん。

    首に下げたボール紙にへたな日本語で「帰ったら起こせ」とある。

    もう一度ラリーさんを見つめ、何も言わず引き返そうとする金森。

 ラリー  「家にはまだよ」
    と、横を向いたまましゃがれ声。

    小さくうなずくと、金森は振り向くことなく走り去る。

    目にはもう涙が溢れている。

○  裏山の草地

    いつもの場所の手前まできたとき、人の影を見る金森。

 金森淳  「やっぱりここだな」

    鳥のさえずりと、晩夏の朝の爽やかな風の一団が通り過ぎる。

    用心深く草地へ足を踏み入れる金森。

    埃の積もるテントに木陰が映り、陽に焼けたターフが風に揺れる。

    人がいる気配は微塵もない。

    金森は一人で暴れる。木にテーブルを投げつけ、地面を蹴り上げ、
    ターフを引き裂き、テントに向かって寝椅子を放り投げる。

    そして大声で泣く。

    太陽を背に立ちつづける金森。

    裏山を一気に駆け降りる。

○  体育館

    入口に現れる金森。

    足下のバスケットボールを蹴り上げ、遠いリングへ向けロングシュ
    ート。

    壁に当たり、床を転々と転がっていくそれを見もせず立ち去る。

○  プール

    プールサイドで立ち小便する金森。

○  クラブハウス

    部室の扉を一つ一つ蹴り開ける金森。

    最後の部屋で窓を全開にし、そこから飛び出る。

○ 3年D組

    だれもいない教室。

    画びょうで留められた標語が黄ばんで垂れる。

    殺風景な景色のなかに早朝の陽射しが溢れる。

    黒板に“新学期に会いましょう”の文字。

    それをじっと見つめる金森。

○  通学路

    ぽつぽつ登校してくる生徒。

    いずれの顔もどことなく成長の跡がうかがわれる。

 篠川久美 「長瀬さ~ん」

    叡子が歩くずっとうしろを、三叉路の角から手を振る篠川。

    先にある校舎を振り返り、叡子は立ち止まって待つ。

○  正門の前

    並んで歩く二人。

    篠川が立ち止まり、叡子の腕をひく。

○  大野屋のテラス

    無人のテラスに座る金森。

    まだ開いていないそこに入り、背後に立つ二人。

    早朝の光が白いテーブルの上に射し、涙の乾いた彼の頬を見る。

    上の空のように喋りはじめる金森。

 金森淳  「…… 街中、いたるところを捜し歩いた。テツボーが行きそう
       な場所はすべて捜した。あの海に何度も行ったし、いろんな
       人たちに尋ねた。学校や警察なんてあてになるもんか。もう
       一ヶ月以上たつんだ。他人に頼るより行動すべきだと自分に
       言い聞かせた。泣いている暇なんかなかった。今日こそは、
       今日こそはいつもの調子で笑いながら現れるだろうと信じて
       た。うしろからいつ背を叩かれても驚かないよう心に決めて
       いた。毎日、毎日そう思った。なのに今日の朝、今日の朝に
       かぎってどういうわけだか涙が溢れてくる。泣いちゃいけな
       い、泣いちゃいけない、泣いたらテツボーがこないかもしれ
       ない。そう思えば思うほど涙が止まらないんだ。だから、だ
       から思いきり泣けばテツボーに、テツボーがきてくれるだろ
       うって、きっときてくれるって。……でもテツボーのやつ、
       ちっともきやしないじゃないか」

    金森はもう泣いていない。

    通用口にモップを持った大野屋のお婆が立っている。

○  空

    青い空にすじ状の雲が広がる。

○  グラウンド

    始業式を終え、1、2年生だけの部活動がはじまる。

    サッカー部員に号令をかけている武藤。

○  裏山の草地

    両手を頭にぼんやり寝転がる金森。

    キャンプ道具は散乱したまま。

    風に吹かれ、女性の声が聞こえてくる。

    薄目を開けると、叡子と篠川が目前で立っている。

 金森淳  「……」

 長瀬叡子 「やっぱりここだ」

 篠川久美 「だいじょうぶ?」

 金森淳  「ああ」

 長瀬叡子 「よほどこの場所が気に入ったみたい」

 篠川久美 「いい眺め」

 長瀬叡子 「私たちも横になってみようか」

 篠川久美 「賛成」

    並んで腰を下ろす二人。金森は何も言わず寝返りをうつ。

 長瀬叡子 「そよ風が吹いてくる」

 篠川久美 「こうしてじっとしているとよくわかる」

 長瀬叡子 「始業式をサボって昼寝したくなるのも無理ないかな」

 篠川久美 「海を思い出す」

 長瀬叡子 「ねえジュン、起きてるの?」

 金森淳  「ああ」

 長瀬叡子 「そろそろ元気だそうよ」

 篠川久美 「まわりもやっと落ち着いてきた」

 長瀬叡子 「ジュンがいつまでもこうだと、みんな意気消沈しちゃうのよ
       ね」

 篠川久美 「とくに撮影隊の人たちが」

 長瀬叡子 「そう、まだ映画の撮影が残ってる」

 篠川久美 「最後のシーン」

 長瀬叡子 「毎日こうしてるつもり?」

    金森は目を閉じる。

 長瀬叡子 「なんか言ってよ」

 金森淳  「ああ」

 長瀬叡子 「テツボーが見てるわよ」

 金森淳  「えっ!」
    と驚いて顔を上げ、叡子を見る。

 長瀬叡子 「きっとどこかで見てるわよ」

    また寝返りをうつ金森。

 長瀬叡子 「まったくもう」

 篠川久美 「あせらないで」

 長瀬叡子 「いいの。帰りましょ」

○  空

    黄昏前。

    陽が西へと傾く。

    海鳥の群れが飛んでいる。

○  浜辺(夕暮れ)

    だれもいない海。

    絶え間ない波の音。

    砂浜に膝を抱えて座る金森。

    西空を徐々に夕陽が染めていく。

    水平線が朱色に染められていく。

    じっと遠くを見つめたままの金森。

○  浜辺(夜)

    ずっとそこに座ったままの金森。

    夜の潮風、虫の鳴き声、瞬く星、単調な波の音に体をゆだねる。

    ひゅ~っという音がし、浜の端で花火が上がる

    空腹感を覚え、立ち上がる金森。

○  海の家(夜)

    海の家のバラックにもぐりこみ、そこに泊まる金森。

    コンビニで買ってきたおにぎりを頬張る。

○  夜空

    星々がまたたく。

    いつか聞いた星空のサウンド。

    テツボーの鼻歌が聞こえてくるような。

○  海の家(明け方)

    ゴザにくるまった金森が目を覚ます。

    壁や天井の隙間から差し込む光の帯。

    床下を這い出し、砂浜に向かう金森。

○  空

    まぶしいほどの朝。風が強い。

    上空を流されていく海鳥の群れ。

    それでも雲はぽっかり浮かんでいる。

○  浜辺

    きのうと同じ場所に座る金森。

    どこにも人の気配はない。

    と、切り立った岩場の上に逆光となった影。

○  磯

    足をすべらせつつ急ぐ金森。

    波のしぶきが体に降りかかる。

○  岩場

    てっぺんを見上げるが、照り返しがまぶしい。

    迂回し、なんとか頂上にたどりつく金森。

    が人の姿はどこにもなく、ただ強い風が吹くだけ。

○  岩場からの景色

    そこから一望する浜の美しさに驚く金森。

    朝陽が金色に輝いている。

○  岩場

    大きな波が岩場で砕ける音がし、金森は下を見る。

    足をすくませ、目を見開く。

○  岩場の陰

    数羽の海鳥が肉をついばんでいる。

    翼を広げ、羽ばたきとともに飛び立つ。

    あとには青白いウロコをさらした魚が横たわる。

    食い千切られたはらわたが岩に転がっている。



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