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【ショートショート】交換条件

それは会社での昼休みに起こりました。
わたしはその日の昼ご飯を会社近くのコンビニで買おうと、昼休みになると財布片手にコンビニへ向かい、チキンサラダとサンドウィッチ、野菜ジュースを手にレジに並んでいた時の出来事でした。

ガッシャーン!!

店外から大きな異音が轟き、店の中にいたお客もわたしもレジの店員さんも、一斉に外を見ました。
なんとコンビニのすぐそこの交差点で事故が起き、周囲の車も人々も慌てふためいています。
どういう状況なのかコンビニ内の人全員が気になっていましたが、チラチラと店外の喧騒を気にしつつ、そこは日本人気質と言いますか、現場近くに駆けつけたい気持ちがありながらも皆そのままレジに並んでいました。コンビニの店員さんもおそらく気になっているのでしょうが、マニュアル通りにレジを進めています。
わたしは自分の会計が終わると、小さな袋と財布を片手にそっと現場近くへ足を運びました。

人だかりが出来ており、「大丈夫ですか!」「しっかり!」「動かさない方がいいって!」などの大声も飛び交っていました。救急車はまだ来ていないようで、人垣越しにみた事故現場のそれは悲惨なものでした。
車二台がぐしゃぐしゃに潰れており、フロントガラスにはペンキ缶を投げつけたような赤い血がベッタリついていました。その血がフロントガラスのひびに沿って生々しく垂れ伝っているのが何とも言えない現実味があり、野次馬根性で見に来てしまったとはいえ、見なければ良かったと思いました。
乗っていた人はどうなったんだろうと視線を動かしてみると、潰れた車のすぐそこにカーディガンを着た女性が頭から血塗れで立っていました。
うわっ、と思いましたが、女性の立ち姿はしっかりとしており、微動だにせず車を眺めています。ショックで放心状態なのだろうと思いました。

が、おかしなことに気付いたのです。
いくらしっかりと立っているとはいえ、頭から全身血塗れの女性に声を掛ける人は誰一人いません。声を掛けるどころか、気にかけている人すら誰一人いません。
こんなに酷く流血している女性が、完全に無視されているのです。
異様な光景に目をしかめながら女性を見やると、女性は車を眺めながら、微かに笑っていることに気付きました。
その瞬間、「あっ」と思いました。

見てはいけないものを見た。
女性は、この事故の怪我人ではない。
この事故を「呼び寄せた者」だと。

いけない、これ以上ここにいてはいけない、離れようと思った時に、女性がわたしの視線に呼応するようにこちらを見ました。
血塗れの顔が、笑っていました。

わたしはぞっとし、慌てて現場から離れると猛ダッシュで会社に戻り、とても昼ご飯どころではなく自分のデスクで震えていました。
昼休みが終わり午後の就業が始まりましたがあの女性の顔が頭から消えず、夕方になって終業間近な頃になると何やら具合も悪くなってきました。
きっと事故現場など見たショックからだと思いました。いえ、そう思い込もうとしました。
あの血塗れの女性が最後にわたしと視線を合わせ、にたぁ、と笑った顔を思い出すと、事故現場を見たショックで気分が悪くなってしまったのだと思い込む方がマシだったからです。

帰宅して、あまりにも具合が悪いので熱を測ると38度。
野次馬根性であんなものを見に行ったりするんじゃなかったと激しく後悔しながらも、昼休みに食べ損ねたチキンサラダ・サンドウィッチを食べ、薬箱の中にあった解熱薬を野菜ジュースで流し込むと、早々に眠る事にしました。

翌朝も、やはり熱がありました。
38度。
気分的にも会社に行きたくなかったため、職場に連絡し熱がある旨を伝え、病欠させてもらいました。
熱はあるもののおそらく風邪などではなく、昨日の出来事が原因だろうと自分で解っていました。何とか気分を変えようと、明るくて笑える動画を観ることにしタブレットで動画チャンネルを開きました。
すると、「おすすめの動画」に

「事故の瞬間」「事故現場」などがズラッと並んだのです。

「ひいっ!」

思わず声が出ました。同時に涙が込み上げてきました。
ずらりと並んだおすすめ動画の間に挟まれた広告リンクは、「カーディガン」でした。

あの時、確実に目をつけられた。
そう確信しました。
わたしは心霊的なものは信じていませんし興味もありませんが、そんなわたしにも「これは絶対に昨日の女性だ」と確信せずに得られないものがありました。

それから数日、38度の熱が続きました。
会社には「風邪をこじらせてしまった」とその間は休みをもらい、念のため病院にも行きましたが、風邪でしょうと一般的な風邪薬が処方されるのみ。精神的なショックは自覚していたので心療内科に行こうかとも思いましたが、「事故現場で霊を見た。以来、具合が良くない」など医者に言えば、とんでもない薬を処方されるかもしれないと思うと行けませんでした。
霊の事は言わずに「事故現場を見てしまったショックで体調不良が治まらない」と言えば精神的に落ち着く薬など処方してもらえるかもしれませんが、それはそれで根本的な解決ではないような気がしました。
何故なら、相変わらずタブレットにもスマホにも、交通事故を連想させる動画のおすすめが表示され、どのサイトを覗いても表示される広告は「カーディガン」のみだったからです。

お祓いなどするのが本来ならば一番良いのでしょうが、何故かそこまでする気にはなれませんでした。どこかで心霊と認めたくない気持ちが捨てられなかったのだと思います。お祓いまですると、あの女性をさらに認めてしまう事になるような気がして躊躇われました。

けれども熱が出てから四日も過ぎる頃には、体調は酷い上に相変わらず「交通事故とカーディガン」のおすすめはますます酷くなり、とうとうメールボックスにまで、いつも利用するネットショップのサイトから

「あなたにおすすめのカーディガンがあります」
「あなたにおすすめの車があります」

という件名のメールが届くようになりました。
このままでは本当に頭がおかしくなってしまう、と感じました。
そしてわたしは、やっと重い腰をあげて家を飛び出したのです。


わたしが向かったのは神社でもお寺でもなく、ペットショップでした。
発熱が続き精神的にも参り始めていたわたしは、何を思ったか

「一人でいると気持ちが尚更落ち込む。ペットを飼おう」

という発想に至ってしまったのでした。
お祓いに行くのではなく、熱で辛い体を引き摺るようにしてフラフラとペットショップへ向かいました。
幸いにも住んでいるアパートは、ペット可の物件でした。
わたしはペットを飼っていませんでしたが、実家では長く犬や猫を飼っていたこともあり、同じアパート内のワンちゃんたちが散歩に行く姿などを見られるだけで嬉しかったことからそこに住んでいたのです。

事故現場で女性の幽霊を見て以来体調不良とおかしな現象が続き、その対策としてペットショップに向かう。
こんな事をする人はいないでしょう。
冷静になれば、先ずはお守りでも買うとか塩を盛るとか、お祓いに行くとか、通常選択するのはそれらのはずです。
が、熱に浮かされていたわたしはフラフラの体にバッグを持つと、「とにかく家に一人でいなくても済むように」とペットショップに向かったのでした。

保護猫や保護犬は、わたしのように一人暮らしで家を空ける人間が貰う事は難しいと知っていました。仮に書類審査を通ったとしてもトライアル期間というものがあり、すぐにその子を迎えられるわけではありません。
保護活動をしている方からすれば怒られそうな話ですが、この時のわたしは

「今日からすぐに暮らせる子が欲しい。とにかくこれ以上家に一人でいたくない」

という一念のみでした。

熱で火照った顔を自覚しながらペットショップに入り、猫ちゃんのコーナーに向かいました。熱で浮かされながらも、
「犬は散歩が必要だから、もし仕事で帰りが遅くなったり体調不良で外に連れて行ってあげられなかったら可哀想だ。猫にしよう」
と、何故かそこだけ冷静に考え、決めていました。
ショーケースの中にいる猫ちゃんたちを一匹ずつ眺めましたが、どの子も可愛いのに何だかピンと来ません。
そうこうしているうちに、家から出たことで気持ちが落ち着いてきたのか「いったい自分は何をしているんだ」と我に返り、衝動的にこんなことをするよりも、やはりお祓いに行こう、と思い直しました。
そしてショーケースから背を向けた瞬間、


「おい」


と甲高い声が聞こえたのです。
その声に反応して振り向くと、一匹の猫がじいっとショーケースの中からこちらを見ていました。他の仔猫たちより、やや大きめに育った猫でした。

「アンタ、変なもんにまとわりつかれて困ってるだろ」

甲高い声は頭の中に直接届きましたが、声の主はその猫だとわかりました。

「俺を飼ってくれよ。追っ払ってやるよ」

とうとう頭がおかしくなったと思うかのような出来事でしたが、不思議と素直にその言葉が受け入れられ、わたしはその猫をその場で購入することにしました。
あまり荷物が多くなっても熱のある体では大変なので、猫用トイレに砂一袋、猫用のご飯一箱、キャリーを一つ買い、キャリーに猫を入れて荷物と一緒に帰宅しました。

家に着くと、残る体力を使い果たしたかのようにわたしはぐったりと力が抜け、リビングに入るや否や座り込みました。
猫が甲高い声で話しかけてきます。

「面白がってしょうもないもんを見に行ったりするからだ。はよ、出せ」

どうやら猫はわたしが何故こうなってしまったかその原因も一発でお見通しのようで、連れてこられたキャリーから出せと訴えています。
正直、頼れる猫が家に来てくれたことは、本物かどうかわからないお祓いを頼むより心強いものがありました。
猫はキャリーから出されると、スタスタと部屋の中央へ向かい、甲高い声でこう叫びました。


「たわけ!!!」



いくらやや大きめとはいい、まだ仔猫の面影が残る猫とは思えぬ迫力でした。
猫がそう叫んだ次の瞬間、体が一気に楽になったのをはっきりと感じました。慌ててベッドの上に投げていたタブレットを手に持ち動画チャンネルを開いてみると、以前の正常な表示に戻っており、メイク動画や英国ガーデンなどがおすすめ動画にピックアップされていました。



猫曰く、

「変なもんはもういない」

らしいです。
また猫が何故女性の霊を祓えたのかと聞くと、

「自分は何回か生まれ変わっていて、生まれた時から霊格が高かった。だから一回死んだくらいの雑魚なら追い払うのは簡単」

という頼もしい答えが返ってきました。

「ただ、霊格が高く生まれてしまったため、逆に中々波長の合う人間と出会えない。なので売れ残っていた。そこにアンタが来て背後に変なものが見えた。アンタが霊障に悩まされていることが透けて見えたため、『ここで声をかけて自分を売り込まないともう後がない』と思った……」

猫が他の猫よりやや大きめだったのはそういう理由らしいです。
わたしが切羽詰まっていたように、猫も霊格の高さが災いして売れ残り、同じく切羽詰まっていたのだとか。
本来ならば猫の霊格に対しわたしの波長が合う事は無いが「切羽詰まった者同士で波長が合った」とのこと……。

猫の説明を聞いてなんだか微妙な気持ちになりましたが、あの恐ろしい現象を解決してくれたのでわたしは猫に頭が上がりません。
有難さを込めて猫の名前を「カミ」にしようかと思いましたが、猫に窺うと

「アホか。神様がショーケースに入れられて売れ残ってるわけないだろ」

と一蹴されたので、「マモル」としました。
それならいい、と猫も言ってくれたので……。

不意なことからなんだかすごい猫を飼うことになりましたが、マモルはチュールが大好きな普通の猫です。
あれ以来おかしな出来事に遭遇することもなくなり、マモルは

「出来るだけ長生きしてやるから俺を大事にしろよ。俺がいたら悪いものは寄ってこれねえから」

と頼もしいことを言ってくれています。
マモルにどれくらいの力があるのかはわかりませんが本人曰く、

「相手が神様とかじゃねえ限り負ける気がしない」


だそうなので、末永く大切にお世話させてもらう所存です。


【END】

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