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あたらくしあの徒然 #6~「一応、こっちもプロなんで・・・」という言い訳

私が営む「かふぇ あたらくしあ」は定休日の日曜日を中心に、店主催のコンサートやイベント(レコード、蓄音機、生演奏、トークショー、落語会 etc
)を開催している。月例になっているものが2つあり、他の週にもコンサートやイベントを開催していることが多いので、結果定休日と言いながら、
私自身は第3月曜定休日以外に休みを取らない(取れない)という月も結構多い。
ただそれは個人的には何の苦もないことで、実際にコンサートの企画を考えたり、そこでアーティストと接してものを作り上げ、お客様に提供するという喜びは何にも代えがたい、遣り甲斐のある仕事だと思っている。
仕事だとは言え重労働ではないし、元々ラジオ局でこの手の仕事にまみれていたので(必ずしも自分がやりたいと思ったコンサートやイベントではないものも含めて!)、むしろコンサートやイベントをやることで気持ち的にはリフレッシュされたり、心が充足する感覚を得ることができる、というのが実際のところだ。

コンサートやイベントは店が主催するもの以外に、主催者やアーティストが会場レンタルというスタイルで実施していただくものもある。
これも私としては嬉しいことのひとつだ。何故かと言えばその方々はあたらくしあの店の雰囲気や、最大20名という小規模で観客との距離の近さをメリットだと感じていただいき、さらに常設で蓄音機が、それも滅多に自分が使用できるようなものではなく、(自分で言うのも何だけれど)貴重で豊かな音楽を奏でる蓄音機が使える、という点、そしてコーヒーを飲みながら音楽を楽しむ、というスタイルを気に入っていただいて使用したい、と考えていらっしゃるからだ。
お貸しする側の私と共通の感覚を持っていただいているという嬉しさ、安心感・・・。

1か月ほど前、60代と思われるご夫婦が来店された。
蓄音機に興味をお持ちのようだったので、こちらの手が空いた時に1926年製Victrolaクレデンザ蓄音機と1912年製ポーランド製ラッパ型シレナ蓄音機で、数枚のSP盤をおかけした。

するとお会計時に旦那さんの方から、「夫婦ともにフルート奏者で、自分は蓄音機とSP盤の趣味も持っている。こんなところで自分たちのコンサートができたら素敵だ。」との旨のお話をされた。私は名刺を渡してご連絡をいただければ、ご相談にお乗りする旨お話した。

このご主人をAさんとしよう。
Aさんはほどなく私のアドレスに「具体的にレンタルのシステムがどうなっていて、金額がどの程度なのかも含めて一度打ち合わせに伺いたい。その時はいつも一緒に演奏しているピアニストも連れて行く。日程を調整して欲しい」旨のメールを送ってこられた。
日程時間を決め、いざ当日。
Aさんとピアニストがいらして席につかれたので、お冷とおしぼりをお出しした。しかし、メニューは開かず、どうも今日はあくまでも打ち合わせであり、飲食をするおつもりはないらしい。それはそれである。


元々店を貸切レンタルすることになったのは、放送局に勤務していた頃の元部下のアナウンサーが、自ら執筆した日本語に関する書籍の出版パーティーをうちの店で開きたい、というリクエストがきっかけだった。
そして予算やそのパーティーの内容に合わせて費用を決めた、という経緯がある。
その後知り合いでない方からも、具体的か否かは別として貸切についてお問い合わせをいただくこともちらほら出できた。例えばうちで主催したコンサートにお客様として来店され、自分も楽器演奏をするのでここで演奏会を開こうと思った時、費用がどれくらいかかるかを知りたい、といった感じだ。
そうなると会場レンタル(貸切)の案内書や規約の類が明文化されて、希望される方に等しくご覧いただいた方が、借りる方貸す方ともにシンプルで話がしやすいと思い、実際に案内書を制作した。

冒頭にも記したようにあたらくしあを借りて何か催しをしたいと思われる方は、この店の雰囲気とコーヒーとスイーツを中心とした飲食を共に愉しむ、というイメージを持つ方々がほとんどである。
店としてもあたらくしあはあくまでも珈琲屋であって、飲食なしでの単純な会場貸しはしないということが、レンタル・ポリシーの基本であると考えていた。
よってシステムとしては、お集まりのお客様全員にコーヒー&スイーツをお出しし、主催者からのお支払いも「半日でいくら」といった考え方ではなく、「おひとり様いくら×人数分」という設定にした。
仮に集客が10名に満たなかった場合は、その人数にかかわらず最低保証額として10名分の料金をお支払いしていただく、ということも決めた。
そして、店にある蓄音機やピアノの使用料はお客様がお支払いになる金額に含まれるので、別にはかからない(ただし、ピアノ調律料は別途)、ということにし、あたらくしあの強みを打ち出せるようにもした。
また一人当たりの料金や提供飲食の若干の変更(多くは料金を下げて飲食内容もそれに見合ったものにする、例えばシングルオリジンコーヒーをブレンドコーヒーにするなど)が可能なようにもした。

こういうシステムにすると結果的に主催者、借主は、観客一人当たりのあたらくしあへの支払額にいくら上乗せして席料(チケット代)を決めて収支計算し、そのバランスを考えることになる。
その上乗せ分のメインは主催者や出演者の利益、出演料であり、それ以外にフライヤーなど広告広報費用も多少あるだろう。


さて、こうして考えて出来上がった概要書を当日にAさんたちにお渡しし、打ち合わせを始めることにした。
冒頭「もし、コンサートを行うのであれば、時期的にはいつ頃をお考えなのか?」と私から伺った。先にも記したようになんやかんやで少し先であっても日曜日が既に埋まっている場合もあるからで、まずそこを確認しておくのがシステム云々のお話より大切だと思ったからだ。
するとAさんからは「日程など全く決まっていない。とにかくここでコンサートをやる場合、いくらかかるのかを知りたい」という答えが返ってきた。
なるほど・・・。少なくともAさんは雰囲気云々といったレベルだけで店をレンタルするつもりではない、ということがこの時点で理解できた。
要は収支についてもある程度のイメージを既に持っておられ、あたらくしあへの支払いがご自分たちが考えているような金額なのか否かが問題であり、それを知り、納得した上でなければコンサートを行うとは限らない、ということなのだろう。

そこで私は概要書の規約を第1項から順に読み上げ、説明をしていった。
お客様一人当たりの基本料金の項になり、その金額をお知りになった段階で、Aさんはこう声を漏らした。

「高いなぁ、これは。これではここではできないなぁ・・・。」

それは本当に分かり易すぎるほど、この段階であたらくしあをコンサート会場として使用することは、Aさんの頭の中から完全に消え去ったようでな表情であった。
私は規約のこの先を読み進めていったが、Aさんは完全に上の空である。子供がある遊びに飽きてしまったかのように・・・。

私が言ってしまうと説得力に欠けるのかもしれないが、規約に書かれた金額は決して高いものとは思えないし、ぼったくろうとも、ここぞとばかりに儲けようとも思っていない。
飲食のコスト、設備、そして明確な金額はつけられないかもしれないが、会場としてのあたらくしあが持つ付加価値(同規模のカフェや喫茶店でのコンサートやイベントでは感じられないもの)を考えたら、その金額は妥当だと考える。逆に言ってしまえばこの金額をそう捉えていただけないのであれば、それは付加価値や他の店では味わえないと自負するコーヒーの品質について、店側と借主との間で認識を共有できないことを意味する。

Aさんはプロのフルート奏者として、場所がどこであれキャパがどうであれ、自分が演奏することの対価、あるいは共演するピアニストに支払うギャラについて譲れない一線があるのだろう。それはプロとしてある意味当然のことだとも思う。
その対価を得るためには、あたらくしあに支払う金額に、それに見合う額を上乗せした金額でチケットを販売しなければならない。そして、その金額ではお客様を呼ぶことが難しくなってしまう。「チケットが高い」という認識をお客様に持たれてしまう・・・。
集客人数の上限が20名と決まっていて少人数なので、儲けようと思えばチケット料金に上乗せするしか方法はない。

逆にAさんが「コンサートをあたらくしあで」と私におしゃった際、それはある程度採算は考えず、「足が出ない程度であれば、こんなところで是非やってみたい」という感覚が強いのかな? と思っていたくらいだが、それは私の大きな見当違いだった、ということになる(まだまだ、修行が足りない)。

さて折角打ち合わせに来たのに、あたらくしあでコンサートを開催することを諦めたAさんが、結論が出た後にも店にいる間、何回も口にした言葉がある。

「一応、こっちもプロなんで・・・」

先にも書いた通り、これは言葉通りに受け取れば「プロである以上、儲けなければいけない」という意味だが、僭越ながら私にはその言葉は話を断るための、一種の常套句のように聞こえてならなかった。
そして、プロと呼ばれる、あるいは自分がそう名乗る人、それはアーティストに限ったことではないが、この言葉を使う人は案外プロとしての仕事を全うしていない、それほどプロとして稼いでいない人であることが多い、とも。
そういう事例を私はradioman時代にたくさん見てきたし、そういう人と仕事もして、どこかスッキリしない感情を持たざるを得なかった経験がたくさんある。

「プロなんで・・・」という言い訳、そしてそこにひとつの壁を置くことで、自分を守り権利を主張する人。条件が揃わなければ自分から打っては出ない人。
もちろん、そういう言動や態度に出ても「ごもっとも!」と相手に思わせるプロであればなんら問題はない、というかそれが本当のプロなのかもしれない、と思ったりもする。
ただし、本当のプロはそもそも「一応、こっちもプロなんで・・・」と自分からは言わない。そう言わなくても誰からの目から見てもプロなのだから。

Aさんが初めて店にいらした際、彼の名前をググってみた。失礼ではあるが、彼は私がプロだと認識できるようなコンサート活動をしているわけでもないし、それ以前に検索にあまり引っ掛かってこない。多く出てくるのは同じくフルート奏者である奥様と、アマチュア相手にフルート教室をやっている、という記事くらいだ。

そう言えばAさんがフルート奏者であったから、初めて店にいらした際、私は主催コンサートではあるが、谷髙杏実さんという私と同郷で、ひょんなきっかけで1年半あまり前に東京で知り合った若きフルート奏者が、ここで2回意欲的なコンサートをやっていることを、公演フライヤーなどを見せて紹介した。

谷髙 杏実

彼女が洗足学園音楽大学の卒業生であることを知ると、Aさんは「彼女のことは存じ上げないが、洗足の先生には知り合いが多い」と言っていた。更に打ち合わせのスケジュールを決めるやり取りをメールでしていた時、Aさんが蓄音機を愛好していることと絡めて、谷髙杏実さんが店の蓄音機で奏でられた1920年代~30年代のソプラノ歌手の歌に、フルート・オブリガートをつけて演奏したミュージックビデオを制作して、それを販売していることもご紹介した。Aさんが仮にあたらくしあでコンサートを行うことになった際に、何かの参考になればと思ったので・・・。

そうしたところ店に打ち合わせにいらした際、うちでコンサートをやらない(できない)と決めた後にもかかわらず、「僕はあのお嬢さんのようなことはやりませんから」と言ってのけた。

こうしたAさんの言動は、多分に杏実さんのことを意識した発言、「自分はこの子よりもフルーティストとして『上』である」、ということを示したいが故のものであるように思えてならなかった。
そしてそれは彼女を知らないからと言って、決して彼の名誉になる言葉でもないとも。
ここでも彼は「一応、こっちもプロなんで・・・」という言葉を使うのと同じように、自分を守り、大きく見せるための壁を作っているのだ。

ただ、京都アニメ『響け!ユーフォニアム』の劇伴にフルーティストとして関わり、関連する吹奏楽コンサートにも出演、このアニメの劇場版『リズと青い鳥』の準主役であり、吹奏楽部員の傘木希美のフルートを担当している杏実さん、そして自分のフルーティストとしての可能性を追い求め、日々考え、練習し、そして形にしていく彼女の方が、よほどプロに呼ぶと相応しい、と言ったら、それはAさんに対して非礼にあたるだろうか?

残念ながら、そして同時に申し訳なくも思うところだが、Aさんのような考え方の演奏家、実績はともかくプロとしての「自意識」が必要以上に高い方が、あたらくしあでコンサートを行うのは難しい。キャパと利益のことを考えたら、割が合わないのは火を見るより明らかだ。

そして同時に私はこうも思う。
あたらくしあが既に一通りのプロとしての歩みをしてきた演奏家ではなく、これから前に道が開いている、もしくは開こうとしている若い演奏家、「一応、こっちもプロなんで・・・」と口にすることなど端から思っていない若いアーティストと気持ちをひとつにして、コンサートをやっていきたいな、と。
私の近くにそういうアーティストが実に多いのだ。ありがたいことに。

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