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【スポーツ批評 第1回 第1章 対資本主義の構図 第2節】

サッカー対資本主義

 その人気ぶりから、テレビを通して一般公開された講義“JUSTICE”。日本国内でも『ハーバード白熱教室』としてNHKが放送した。この講義の教壇に立つ政治哲学者マイケル・サンデルは自身の著書『それをお金で買いますか 市場主義の限界』の序章を「世の中にはお金で買えないものがある。だが、最近ではあまり多くはない。いまや、ほとんどあらゆるものが売りに出されているのだ。 」という導入で始め、刑務所の独房やアメリカ合衆国への移住権、名門大学へ入学させることなどがお金で買えるものの具体例として挙げられている。先進国のほとんどが資本主義の経済体制を敷く中、資本をめぐる自由競争の波は、当然スポーツ界、サッカー界にも影響する。

<表1> ※表は『WORLD SOCCER DIGEST』No.428、No.456、No.468の数値をもとに作成

サッカー移籍金ランキング(1995年〜2016年)

順位 金額(€) 名前 移籍した年

1 1億500万 P.Pogba 2016

2 1億100万 G.Bale 2013

2 9400万 C.Ronaldo 2009

4 9000万 G.Higuain 2016

5 8820万 Neymar 2013

6 8100万 L.Suarez 2014

7 8000万 James.R 2014

8 7500万 A.Di Maria 2014

9 7400万 K.De Bruyne 2015

10 7350万 Z.Zidane 2001

 表1は1995年以降のサッカー界における移籍金を金額順に上から並べたものである。この表で、移籍金額10位以内に位置するのは、すべて2000年以降の取引であることがわかり、中でも2010年以降に実行された移籍の存在感が目立つ。15年前にジネディーヌ・ジダンがユベントスからレアル・マドリードへ移籍した際の移籍金(表1の10位参照)は、当時の移籍最高金額を大幅に更新し、サッカー界に衝撃を与えた。しかし、2009年のクリスティアーノ・ロナウドの移籍によって軽々と更新されると、次から次にジダンの移籍金額は追い抜かれ、2016年には移籍金額は1億€を突破した。近年、中東や中国の富豪たちがクラブを買収し、資本によってクラブを強化する動きがブームのようになっている。これを受け、UEFAはFFPを提唱し、クラブの赤字経営を禁止する形で、拍車がかかったカネによる選手の強奪に注意を促した 。だが、キャリアの晩年を迎えた有能選手がMLS(アメリカのプロサッカーリーグ)クラブへ移籍し、現役の強豪国代表クラスの選手が中国クラブへと活躍の場を移す現状や移籍金額の高騰を考えると、もはやサッカーそのものが市場の波に飲み込まれてしまっているといえる。

 いわゆる“金満クラブ”の先駆け的な存在となったのは、スペイン2強の一角、レアル・マドリードである。移籍金ランキング上位10人の中で、4人はレアル・マドリードが獲得した選手だ。フロレンティーノ・ペレスが会長を務めた2000年代初頭のレアル・マドリードは、フィーゴやジダン、ロナウド、ベッカムといったスター選手を獲得し、チームは“銀河系軍団”と評された。ただ、その能力に見合う結果は残せていない。レアルが所属するスペインリーグ——リーガエスパニョーラにはFCバルセロナをはじめとして、ボールスキルを重要視し、攻撃的な素晴らしいサッカーを展開するチームがいくつも存在していた。結局“銀河系軍団”はサッカーチームではなくエンターテイナーのまま終焉を迎えたのだ。2000年代初頭のレアル・マドリードの失墜は、結果的にサッカーが資本主義に勝利したことを示しているが、再び、会長職を退いていたペレスがレアルの会長の座に舞い戻り、それとともに模倣犯(チェルシー、マンチェスター・シティー、パリ・サンジェルマン、モナコ…)が勢いを増す中、資本主義対サッカーの結果が前回と違った形になったとしても不思議ではない。




   イングランド1部リーグ(プレミアリーグ)の国内テレビ放映権料が最高額を更新した。

  (…)英紙デイリー・テレグラフによると、海外分の放映権料を含めれば、3季で80億   

  ポンド(約1兆4560億円)に上るという予測もある。


 ヨーロッパ主要リーグの放映権料は、増加の一途を辿っている。プレミアリーグに限らず、ヨーロッパ各国のリーグにも同じことがいえ、日本においても代表戦の放映権の争奪戦が、各局の間で繰り広げられている。テレビ局が各クラブに支払う莫大な金が、サッカー移籍市場の活発な動きを後押ししていることはいうまでもない。

 日本のプロサッカーリーグ——Jリーグでは2015年から2ステージ制が導入された。海外の主要リーグのほとんどが1ステージ制を採用しているように、Jリーグでも2005年以来1ステージ制を続けてきた。なぜ今ごろ2ステージ制へと変更したのか。

<グラフ1> ※グラフは「J League Data Site」の数値を元に作成



 Jリーグ開幕当初の絶頂から一気に減少した観客動員数は、2002年W杯の自国開催(実際は日本と韓国の共同開催)へ向けてV字回復した。その後は緩やかな上昇傾向にあったが、2010年以降は停滞気味であることがグラフ1からわかる。その状況を打開しようと採用されたのが2ステージ制であり、この変更によって、収益の確保と人気の回復が見込まれた。



<グラフ2>  ※グラフは「J League Data Site」の数値を元に作成


 グラフ2から、25節〜30節あたりにかけて、2014年(1ステージ制時)に比べ、2015年(2ステージ制時)のグラフの方が、観客動員数の減少が少ないことを読み取ることができる。9ヶ月近くかけて1シーズン——34試合を実施する1ステージ制では、“中だるみ”のような現象がこの時期に起こる。開幕当初の熱が冷めてくるのがこのあたりであり、優勝や降格がかかった重要な試合が多い終盤戦と比較しても、やはり観客数は伸び悩む。ところが、シーズン中に2回の開幕戦と優勝争いが組み込まれることになる2ステージ制では、全体的に観客動員数は安定した推移になっている。自然と熱が入る場を多く与えてくれる2ステージ制への移行は、観客動員数の安定によって収益を生み出そうという魂胆が見える。重要なのはシーズンの最後に“チャンピオンシップ”で、年間王者を決めるという点。プロ野球でいうところのCS(クライマックスシリーズ)のようなもので、エンターテインメントの場を設けることで収益が10億円ほど増加すると見込み、実際10億7400万円の増加となった 。つまり、日本のサッカー界でも同様に資本主義の波の押し寄せが顕在化してきているということだ。周囲の反対の声が多く、観客動員数も思ったほど伸びなかったことから、2017年からは再び1ステージ制に戻されることとなった。


最後に、これらのデータは2017年時点でのものなので現在のデータではないことをお詫びするとともに、最新版のデータからの考察も今後発信していく予定であることをお伝えいたします。

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