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部活動中死亡事故

「救急車呼んで来い!」

学校の外周道路をランニングしていた生徒が突然倒れたのは、
野球部の朝練でのことだった。
それは、携帯電話もなく、AEDの各校配備もなかった頃。

顧問のA教諭が脈を診る。ない。心臓が止まっている。
体育教諭は、救急処置の受講が義務付けられている。A教諭は、ただちに心臓マッサージと人工呼吸を始めた。

(心臓、動け!
何でこうなった?
練習前に、何の異常もなかった。俺が見落としたのか?
体調が悪かったのか?
「ベンチ入り、できそうだぞ」
俺が昨日言ったから、無理して部活に出ていたのか?
だったら、俺のせいだ。体調不良を見抜けなかった俺のせいだ。
動け!心臓!戻ってこい!死ぬな!)

だが、呼吸も心臓も止まったままだ。
救急車が通報を受けてから到着するまでの時間は平均6~7分だという。
部員の生徒が職員室に走って、通報して、
山の上のその学校に救急車が到着するまで、
どれくらいの時間がかかったのか。
A教諭はひたすらに心臓マッサージと人工呼吸を続けていた。

「公立高校の朝の部活で野球部員が心肺停止」
そのニュースが流れると、学校に取材陣が詰めかけた。
しごき?いじめ?行き過ぎた指導?
「何もわかっていないのだから、いいかげんな発言は慎むように。
窓口は校長室に統一する。」
全校生徒と教師にそう伝えられた。

病院。生徒は助からなかった。

両親が医者の説明を受け、廊下に出てきた。
A教諭「申し訳ありませんでしたっ!」
深く頭を下げる。涙があふれる。
(泣くな!一番つらいのはご両親だ!)
そう思うのに、涙が止まらない。あとからあとからあふれてくる。
父親が言う。
「先生、どうか頭をあげてください…」

死因がわかったら、取材陣は蜘蛛の子を散らすように去って行った。一社だけ、追悼集会にカメラを入れた。
校長の失言でも狙っていたのだろうか。あるいは「泣ける絵」を期待したか。

校長「心臓に、普通の心電図検査ではわからない欠陥が、生まれつきあったのが見つかったそうです。A先生の救急処置は非常に適切でしたが、どうにもなりませんでした。ご両親の手紙です…。」
運命だったと諦めていること。
楽しい学校生活を送ることができたことへの感謝の言葉。
とりわけ、野球部員とA教諭には感謝している、と。

黙祷。

A教諭は、追悼集会では泣いていなかった。

その追悼集会の取材映像が電波にのることは、なかった。

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