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♪~岬めぐり

授業中、教室にじっとしていられず、


廊下に出て来てうろうろしている子を見かけます。

時間の長短はあるけれど、しばらくすると自分で
教室に、自分の席に戻って行きます。

20年ほど前の歌『岬めぐり』


歌詞に「この旅終えて、街に帰ろう」
この一節があります。

教室に帰って行く子を見ると、
この歌詞を重ねてしまいます。

この曲は、
センチメンタルジャーニーの歌。
小学生に重ねるのはどうかと思われるでしょう。

きっとその子は、
教室で心を痛めているのだと思うのです。
普通に勉強したいけれど、
沸き起こって来るものに、
居ても立ってもいられず、
席を離れ、教室を離れている。

その子も、詩にあるように、
心をしずめて戻っていくのでしょう。

発達障がいの子の脳は、


神経ネットワークを道路にたとえたとき、
細胞同士の中継点は交差点。

信号を伝える物質が歩行者のように渡って行きます。

幾つもの横断歩道を経て、信号は流れていきます。

信号待ちの時間が長い子、短い子、
横断しないでいる子もあるでしょう。

歩行者が少なすぎて、信号が途絶えることも、
反対に多すぎて、信号が混乱することも。

発達障がいって、そんなイメージなのです。
信号がうまく伝わらない。
脳機能の不具合であって、病気ではありません。

赤ちゃんが手足をバタバタさせるのは、
からだの動かし方を覚えるため。

発達障がいの子たちも、
練習を繰り返すことで
定型発達の子に近いはたらきが作れる場合もあります。

だとしたら、きちんとプログラムを組んで
練習させてあげる方が良くないでしょうか。

机を離れても、自分の気持ちが収まったら、
自分の意志で戻って来る。
それも練習だと思うのです。

その子自身や周りの子が傷つくことや、
ものを壊したりしない限り、
その子はそんな子なのだから、
ある程度の練習は見守ってあげて欲しい。

周りの子を巻き込むようなら、
そこだけを注意してあげれば良いのに。
邪魔しないで欲しいのです。

よそ者の感想であって、
その子の担任や、隣の席の子たちは、
「あんたは余計なこと、言わないで」
そう言われて、
こちらが授業の邪魔になりますね。

病気の時は、からだのどこかが壊れています。


お医者さんに、どこが壊れているか診てもらい、
薬や手術で修復してもらいましょう。

でも、
発達障がいは病気ではありませんから、
お医者さんが《治す》ことはできません。

不具合を調整する薬を処方してくれたり、
練習のコーチを紹介してくれます。

そうなったら、
調整する薬はきちんと飲み、
練習プログラムは続ける必要があるのです。

それがどのような内容になるか、
不具合の大きさによります。
だから、
診てもらうなら早い方が良いです。
それだけ早く練習などが始められるから。

保育園などに通う中で、
その子自身が困る前に、
先生たちが困ってしまい、
間違った練習法を身につけさせることがあります。

先生が毎年変わったりすると子どもは、
誰の言うことに従えば良いのか、
自分でも上手にコントロールできない上に、
間違ったやり方を覚えてしまう。

将来、もっと困らせてしまいますね。

わたしは子どもが困ってからの診断が良いと思います。

おとなが思うほど困っていなければ、
成長が進んでからでも良いのではないでしょうか。

サポート、ありがとうございます。もっと勉強して、少しでもお役に立てる記事を送りたいと考えております。今後ともよろしくお願いいたします。