見出し画像

サミュエルのエアロフォン

息継ぎ不要の夢の器具

 チューバを吹いていると息が足りなくって困ること、しょっちゅうありますね。循環呼吸をマスターすれば一挙解決、とすぐに習得するわけにもいかず、また仮にマスターしたところでどうしたって息が足りなくなることは往々にして起こります。いっそポンプのような機械があれば…とチューバ奏者ならば誰もが願うところですが、そんな器具が今から100年前に発明され、なんと販売されていたのです。凄えな20世紀。

 その器具の名前は「サミュエルのエアロフォン」Samuel‘s Aerophor (場合によってaerophore, aerophon, aerophone などと呼ばれていたようです)。発明したのはベルナルド・サミュエル Bernard Samuels (1872–1944)、メクレンブルク=シュヴェリーン(現ドイツ)の劇場で活躍したオランダ人フルート奏者でした。彼は1911年に「管楽器の演奏に使用する器具」として特許を取得します(リンク)。下の写真がエアロフォン、右側の人物がベルナルド・サミュエル。

"How the Aerophor Aids Players of Brass and Wood Winds", The Music Trades, April 4, 1914, p. 41

簡単に構造を説明すると、足元にふいごがあり、そこから空気を送り込んで楽器の横につけられた管から口腔内に空気を送り込み、それを楽器に吹き込む、といった形のようです。呼吸自体は演奏中も鼻呼吸が可能な模様、また器具によっては温度や湿度も設定できたようです…しかしこれちゃんとアンブシュア作れるんだろうか?
チューバの場合にもこのような形で使用されたようです。

"Der Tonbinde-Apparat 'Aerophor'", Allgemeine Deutsche Musiker-Zeitung, 8 February 1913.

1914年のインディペンデント誌によれば当時のヨーロッパのオーケストラで次々に採用され、アメリカでもニューヨーク・フィルがリヒャルト・シュトラウスの《祝典前奏曲》作品61(1913)をアメリカ初演した際に用いられたとのことです。リヒャルト・シュトラウスは一時期この器具に一定の評価があったようで、《アルプス交響曲》作品64(1915)でもこの器具の使用を推奨しています。その後の歴史としてはみなさんご存知のように、多く広まることなく廃れてしまいます。実物を検証したわけではないので想像の域を超えませんが、やはり操作性に幾つかの難点があるように思います。

  1.  空気を送り込む管ですが、いくら細くても通常の演奏法からするとアンブシュアに違和感があるように思います。試しに細めのストローを口に咥えてチューバを演奏してみましたが(勿論ストローの先は塞いで息が逆流しないようにした上で)、演奏そのものは可能ですが細かいコントロールには習熟が必要なように思います。

  2. そしてこちらがより困難に感じるのですが、足でふいごを踏んで空気を送り出す場合に、演奏に必要な圧力のコントロールは十分に可能だったのか?

  3. 器具の大きさ、取り回し。今だったらコンプレッサーで解決できそうですが、今度は静音などの問題がありそうですね。

  4. おそらく通常の奏法で間に合うところはそのまま吹いて、長く伸ばす音の時にこれを使う、といったやり方だったのでは想像しますが、ここまでくると循環呼吸まであと一歩という感じがします。つまり習熟にあたっては同程度の難易度なのではないか?

と、取り扱いが難しそうなこの器具ですが、今の技術でさらに発展させたら…とちょっと夢を持ってしまいます。なんといってもビジュアル的にそそられます。

余談になりますがドイツの作曲家シャフトナー Johannes X. Schachtner (1985-)は《エア、サミュエルのエアロフォン》Air, "An Samuels Aerophon"(2013)という管楽合奏曲を作曲しています。リヒャルト・シュトラウスにちなんだ曲とのこと。

参考リンク

wiki(英語): https://en.m.wikipedia.org/wiki/Aerophor

wiki (独語) :  https://de.m.wikipedia.org/wiki/Samuels_Aerophon

 The Aerophor Returns
サミュエルの孫に当たるジェイコブ・ポラックさんJacob Polak提供の写真あり。




演奏活動のサポートをしていただけると励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。