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『富とか名誉よりも翼が欲しいとか』


駅前に人だかりが見えた。ステージでどこかの少年少女合掌団が『翼をください』をアカペラで合掌していた。巌男はそれを遠巻きに眺めていた。

翼など貰ってどうするつもりなのだろう?高い所から飛び降りて死ぬのか?
富とか名誉よりも翼が欲しいとか、全く大人の悪い冗談だ。こんな自殺願望の曲を学校の教科書に載せているなんて、この国は狂っているとしか巌男には思えなかった。全くまともとは思えない。それとも何か大掛かりな罠とか陰謀とかが仕組まれているのか?CIAとかモサドとかの外国のスパイ組織が絡んで日本を毒そうとしているのか?
こんな曲を子供に歌わせている大人の気が知れない。将来どんな人間になって欲しいのか分からない。
貴重な税金と時間を費やしてまで受けなければならないような授業には思えなかった。
学校なんて全部リモートでやれば良いのにと思った。

この国では20分に1人の割合で自殺者が出ているのだとか。
今夜は何人が飛び立つのだろうか。
少年少女や引率の先生方の合掌に込めた願いだか呪いだかが叶えられる事を、巌男も願った。
あの世にはもっと素敵な音楽がたくさんあるのだろうから。
彼らの歌声が大勢の通行人の心に響かん事を!
皆の者よ、大いに呪われてしまえ!

秋はメランコリックな季節。大気圧の変動が大きく脳の内圧も変化しやすいから、大勢の人が狂う。

先日、巌男の知人が自殺未遂をした。酒と睡眠導入剤を併用し、酩酊状態でドアノブで首を吊って死のうとしたのだ。しかもロープではなく自分の女房のストッキングで。
朝起きた時は全く記憶になく、何故彼が自殺未遂に気付いたかというと、拙い走り書きのメモが遺書としてテーブルの上に置いてあったからだった。

全く下らない。一緒に飲んだ後だったからいい迷惑だ。食欲の秋だからと夜中に食べてばかりいるから、太るし眠れなくなるのだ。
そのまま永眠しとけば良かったのにと巌男は思った。
寝ゲロで窒息死しとけよと。

合掌を聞いた後、何となく鶏肉料理でも食べないことには気持ちがおさまらなくなってしまった巌男は、よく行くトンカツ屋で唐揚げ丼を食べたのだった。そして案の定、口の中を火傷してしまったのだった。


おしまい

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