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[答え合わせ]【「芸術から一句」(映画編)】旬杯【川柳】部門に応募させて頂きます!

【応募句】

蘇り生き抜く像よ水芭蕉

絆されても残りし記憶喜雨であれ

一歩目を踏み出さずして二歩目無し


今一度、川柳ってなんだっけ?と確認。

「川柳では読み手の想像を掻き立てるように、比喩や独特な言い回しを用いながら、短いフレーズの中に奥行きを持たせることが大切です。」とある。

ふむふむ。

ʅ(。◔‸◔。)ʃ…さぁ?

どうしよ。

そうなら、芸術関係だと奥行きを感じやすいかな。

と言う事で、映画のイメージから詠んでみたので、気が向いたら、何の映画なのか?推理してみてください(^^)

【語句紹介】
①水芭蕉
水芭蕉の花言葉「美しい思い出」は、音楽の教科書にも載っている「夏の思い出」という曲に水芭蕉が登場することからイメージしてつけられたと言われています。

また「変わらぬ美しさ」は、白い花に見える仏炎苞が色褪せずに美しい姿で長持ちすることが由来とされています。

②思いの雨
へ~空から降ってくる雨だけで、こんなにも繋がりながら豊かな表現があったんですね。

喜雨(きう)は、長い日照りが続いた後に降る雨。慈雨。

慈雨(じう)は、万物をうるおし育てる雨。また、ひでりつづきのときに降るめぐみの雨。甘雨。

甘雨(かんう)は、草木をうるおし、生長を助ける雨。滋雨。膏雨。

膏雨(こうう)(「膏」はうるおいの意) は、農作物をうるおしそだてる雨。おしめり。甘雨。

【答え合わせ(^^)】
一句目の映画:映画「レミニセンス」

映画『レミニセンス』US版予告 2021年9月17日(金)公開

記憶が犯罪の証拠になるため、その記憶のデータを隠滅するために事件は起こります。
五感によって、過去の記憶が蘇る経験は、誰にでもあるのではないでしょうか?
プルースト現象(「失われた時を求めて」)と呼ばれた無意識的記憶によって蘇る過去の様なニュアンスが感じられる映画。
映画内での台詞。
「過去は記憶のビーズのネックレスだ」
「寂しさは悲しみの一部である。悲しみは幸せを感じるためにある。」
ラストの回収は、お!そうきたか!という展開でした。
私たちの思い出(記憶)は、
①個人的懐かしさと関係する自伝的記憶が、様々な出来事を基に複合的に作り上げた曖昧な記憶である可能性
②自伝的記憶が外部からの情報を基に作り上げられることが可能であるという事実がある。
と言われており、個人的懐かしさも社会的懐かしさと共通することがうかがえるとのこと。
そうであれば、人は、どちらかの失いたくないものの記憶を優先して残して行くのかもしれませんね。
悲しみが「美しい記憶」を作るけど、明日を踏み出すためには、過去の記憶は、香水と同じで、少量の「大切な記憶」だけが良いのかなと、そんな感覚を詠んでみました(^^)

二句目の映画:映画「ショーシャンクの空に」

【映画】ショーシャンクの空に 日本版予告

無実の罪で刑務所にぶち込まれた優秀な銀行員アンディ。
劣悪な環境の刑務所の中でさえも、希望を捨てずに生き抜いてみせた映画です。
模範的な囚人として、常に、真面目に過ごしながらも、自由への希望を捨てなかった男。
漸く手にした自由を、全身で雨を浴びることで再現しています。
なぜアンディは、雨の中、両手を広げ、それを全身で受け止めたのか?
刑務所にいた彼は、いわば鎖につながれた状態でした。
刑務所内で、どんなに地位を築こうとも、そこには自由はありません。
そして、塀の外に出たアンディは、自分を縛り付けるものがもはや何もないことを感じ、両手を広げて雨を感じたのでしょうね。
映画を、観た後の雨の日に、是非とも真似したくなるシーンです。
その感覚を詠んでみました(^^)

三句目の映画:映画「THE FIRST SLAM DUNK」

映画『THE FIRST SLAM DUNK』PV -THE FIRST-

主人公の桜木花道は、身体能力が高く自信も満々だけど、バスケットボールは始めたばかりの初心者。
そんな桜木がシュート練習の際、シュートが全然入らないことを、自分の実力のなさのせいだと認めない場面で、監督の安西先生が詠んだ一句です。
「下手くその上級者への道のりは、己が下手さを知りて一歩目」
誰しも必ず初心者のタイミングはあります。
新しいことを初めたとき、最初からうまくできる人など、ほとんどいないですよね。
そんなことは当たり前なのに、うまくできないことを恥ずかしいと思ったり、思うようにいかないことにイライラしたりして、すぐに辞めてしまうとか、思い切って堂々とやってみることから逃げてしまいがち。
やはり何事も上達するためには時間がかかりますし、そもそも上達のためには、自分の何が悪いのか、どうすれば上達するのかを見極める必要があります。
そう、自分の下手さを認めて、現在地を、ちゃんと認識すること。
そこからすべてが始まるんですよね。
けれど、やっぱり失敗は気分の良いものではないし、下手な姿を他人に見せるのは恥ずかしい。
しかし、そこを当たり前と考え、己が下手さを知りて、上級者への道のりを歩みだせる2歩目に繋げれるかが大きな分かれ目になるのだと思います。


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