「正しいのはバス会社」と断言していいのか?


夜行バスの乗客置き去り騒動、「正しいのはバス会社」と断言する理由

コメント欄をみると同意してる人が多いようですが、私はちょっと疑問に思う部分が多いですね。
以下に要点を整理してみます。

約款に通りなら乗客は文句をいえないのか?

約款の話をするなら、他のもっと運賃の高いサービスだってたいてい「運賃の払い戻し」くらいしか保証しないのではないでしょうか?

その払い戻しについてすら、乗員は後日本社から支払われるようなことは言ったものの「不確定な説明しかしなかった」という証言もあり、運賃の返金すらはっきりしない状況で、深夜の駅前に放り出されたら、その場で納得するのは難しいのではないかと、私は思います。

本来「ちゃんとした」バス会社でも(乗客より従業員を守るため)今回のような対応をすべきなのでしょうか?

またバスに乗る時に(どこかに記載されている)借款をぜんぶ読む人がどれだけいるでしょう?
また他の契約でもそうですが、借款に書いてありさえすれば、契約内容に対し一切文句を言ってはいけないなどということもありません。

たとえば、マリンスポーツなどのツアーに参加する際、たいてい「一切の保証を求めません」というような同意書にサインさせられますが、それを以って事故が起きた場合に一切の損害賠償を求められないかと言えば、そんなことはないです。

乗員の安全に乗客以上に差し迫った危険はあったのか?

筆者は、「本音を言えば」と前置きした上で、経営者は乗客より乗員の保護を優先すべきであるというようなことをいってますが、これはじっさいに乗客が乗員に危害を加えるような状態が本当に発生していたかが明確でない以上、この対応の適切さを判断する根拠とはならない気がします。

じっさいに現場にいた人から、そのような危険な状態であったというような話は今のところないし、旅客運送という業務の性質上、乗客の安全に対する責任を放棄して現場から立ち去るだけの差し迫った危険が乗員にあったのか? という点については、もう少し慎重に検討すべきです。

筆者の理屈でいけば、沈みかけている客船の船長が、乗客を助けずに自分だけ避難するような行為も正当化されかねませんね。

この会社はほんとうにブラックでないのか?

交通機関にトラブルはつきもので、バスの故障により目的地以外の場所で放り出されるのはやむを得ないのだとすれば、そうした状況をバス会社は想定して対応のしかたを事前に策定し、マニュアル化しておくべきでしょう。

今回のバス会社が、ほんとうに「従業員を守るいい会社」だというのなら、このようなケースで乗員がどう対応し、乗客の納得を得るかといった対応マニュアルくらいあっても良さそうですが、じっさいには対応の不適切さが問題となり、多くの乗客の納得を得られていないわけです。

もし乗員が運賃の払い戻しや一定の保証額について明言し、具体的に現場近くの宿泊可能な場所を案内したり、あるいは希望者はエアコンの効かないバスで出発地の大阪へ戻る選択肢を提示できていたら、ここまでの騒ぎになっていなかった可能性も十分あると思います。

それを事前に想定し、乗員に周知することで、無用なトラブルを可能な限り低減することこそ、従業員を守るために経営者にできることであり、「火が出ている火事場」から逃げ帰らせることを以って、このバス会社が「従業員を守るいい会社」とはたして断言できるでしょうか?

乗員に詰め寄った乗客は「モンスタークレーマー」なのか?

筆者は、警察が現場に来たことを理由に「民事で警察は動かない」といって、「現場で刑事上のトラブルが起きた」と決めつけていますが、警察はじっさいに刑事上のトラブルが発生しているかどうか確かでない場合でも、通報を受ければとりあえず現場には来ます。
危険があるかどうかは現場に行ってみないと判断できないし、万が一にもそれで人が死ぬような事態は避けたいからです。

『「土下座しろ!」のような要求をすると強要罪、「殴られたいか?」と怒鳴ったら脅迫罪、実際に従業員を小突いたりしたら暴行罪になります』というような今回のケースであったかどうかも分からない事例を印象論で持ち出しているのも気になるところです。

私は、理不尽な要求を突きつけて脅すような行為を受けた場合、従業員は避難すべきだという意見には賛成ですが、責任ある立場の人間が、代わりにしっかりとした対応をすべきで、それを怠っていきなり警察に通報することが、「従業員を守る」行為とはあまり思えません。

「運賃が安いのだからしかたない」のか?

これはこの記事の筆者がいってることではないですが、コメント欄には、「安いサービスにいろいろ求めすぎ。気に食わなければカネを払って〈ちゃんとした〉交通機関を使えばいい」というようなことをいう人が多いようです。

たしかにサービス一般という話であれば、そうかもしれませんし、宿泊でもアマゾンの商品でも、安いものを利用する人ほど、要求レベルがやけに高い、ということがあるのは確かです。
ただ、今回の件で乗客が怒っていることが果たしてそうした不相応なクレームに当たるのかといわれると、私はちょっと違うような気がします。

もちろん格安サービスに対して、代替のバスを手配できるバックアップをつくっておけとか、高級ホテルに泊まれるくらいの保証をしろなどと求めるのはやり過ぎでしょうが、今回の乗客がそのようなことを要求している事実はいまのところない。
格安でろうとなかろうと、約束したサービスを(自然災害などのやむを得ない事情ではなく)対価を受け取ったにも関わらず、自社の不手際(バスの故障はそれに当たるでしょう)により遂行できなかった場合には、利用者に対して納得のいく説明を尽くすのは当然の義務であり、納得ができない客を「モンスタークレーマー」と決めつけて対応を警察に丸投げし、説明を怠った経営者の責任は問われるべきで、少なくとも自分はなにもせずに、乗員をとっとと引き揚げさせただけの経営者の態度が、「従業員を守った」英断だとは私は思いません。

また「安いのだから多少具合の悪い乗り物であったり、整備にカネがかけられないのも仕方ない」というのであれば、場合によっては、(エアコンの故障であっても)死者が出るような事態に繋がるでしょうし、知床の観光船のような悲惨な事故を招くことにも繋がりかねないでしょう。

まとめ

この記事の筆者は、職業上企業サイドの立場で「モンスタークレーマー」から従業員を守るのは経営者のコンプライアンスとして重要なことだという自説を主張するために今回の件を(事実関係がはっきりしない限られた情報だけをみて)持ち出しているだけのように見受けられます。

私も現場の従業員が、客の不当な要求によって尊厳を傷つけられたり、危険な目に合うことは極力なくしていくべきだという考えに違いはありませんが、いっぽうで昨今こうしたトラブルが起こる要因として、問題が起こったときにこそ前に出るべき責任ある立場の人間が、現場の従業員や警察に解決を押し付け、自分は安全なところから一歩も出ずに逃げ隠れするようなことから目を逸らさせ、文句をいう客はなんでもモンスタークレーマーにしてしまうことにして、経営者が責任転嫁をしているのではないかと感じることが少なからずあります。

今回の件を、「モンスタークレーマー問題」というふうに単純化するのではなく、トラブルが発生した時に客は文句をいわないのがいいということでもなく、誰がどのように対処すべきなのか? という責任の所在と、マニュアル作成の徹底こそが、問題の本質ではないかと私は思っています。

もうひとつ、人というのは限られた情報で簡単に印象を右から左へと180度反転してしまうものだなと、怖い気持ちにもなりました。


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