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量子計算学習ノート

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量子コンピュータと量子通信 (オーム社) の読書ノートです。
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量子計算学習ノート - 縮約密度オペレータ2

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 縮約密度オペレータの議論で暗黙的に部分トレースの性質を使ってきたので、ここでは部分トレースの性質を説明し、そのあと実際に縮約密度オペレータを計算した例について述べる。 $${V, W}$$のCONSをそれぞれ$${\{|v_i\rang\}, \{|w_i\rang\}}$$とおく。この時、それぞれのオペレータを次のように表す。 $$ A = \sum_{ij} a_{ij} |v_i \rang

量子計算学習ノート - 縮約密度オペレータ1

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 ここからは密度オペレータによる量子力学の公理の表現において有用な応用である、縮約密度オペレータによる部分量子系の状態表現について説明する。 このためにはまず複合量子系における部分トレースという演算を定義する必要がある。今、$${V, W}$$を二つの量子系を記述するヒルベルト空間とし、それぞれの空間のCONSを$${\{|v_i\rang\}, \{|w_i\rang\}}$$とする。このとき、複合

量子計算学習ノート - 密度オペレータ4

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 密度オペレータの定義から始まる量子力学の公理が定義され、足元が整った。ここでは密度オペレータと量子状態のアンサンブル表現に立ち返って、同一の密度オペレータを定義するアンサンブルは実は複数あることを示す。 密度オペレータは前回示した通り$${{\rm tr} \rho =1}$$でかつ、正のオペレータである。このためスペクトル分解によって $$ \rho = \sum_i \lambda_i |e_

量子計算学習ノート - 密度オペレータ3

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 ここまでは密度オペレータを純粋状態のアンサンブルとして定義し、量子力学の公理を密度オペレータの言葉で再構築する議論をしてきた。実際には密度オペレータは状態ベクトルに頼らずに定義することができる。この記事ではそれを示す。これによって量子力学の公理が完全に密度オペレータの概念から出発して、状態ベクトルの概念を経由することなく再構築されることが分かるようになる。 密度オペレータの定義を次のように置き換える

量子計算学習ノート - 密度オペレータ2

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 前回の記事では密度オペレータの言葉で量子力学の公理を置き換えてみる試みを行った。ここでは密度オペレータを量子計算で扱う際のいくつかの言葉について定義しておこう。 まず、量子系の状態が状態ベクトル$${|\psi\rang}$$で確定しているとき、対応する密度オペレータは$${\rho= |\psi\rang \lang \psi|}$$だが、このように状態ベクトルで確定した量子系の状態のことを純粋状

量子計算学習ノート - 密度オペレータ1

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 今までは状態ベクトルを用いて、対象の量子系の状態を記述してきた。この記事では密度オペレータという線形オペレータを使って状態の記述を試みる。密度オペレータを用いると複合量子系における部分量子系の状態を導出するのが非常に容易になる。 密度オペレータは純粋状態の重みづけによって記述される。ある確率$${p_i}$$で量子状態$${|\psi_i\rang}$$であるような場合を考える。このときこれらの組の

量子計算学習ノート - 超高密度符号化

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 この記事ではこれまでの量子力学の公理を有意義に組み合わせて、量子力学を用いて達成できる情報処理タスクの中でも理想的な一つを紹介する。 AliceとBobの二者間でビットのやり取りをすることを考えよう。通常従来の情報理論では2つのビット状態をAliceからBobに伝えるには、2つのビットをやり取りする必要があり、これは当然の話である。一方で量子力学の公理を用いると、事前にAliceとBob間でエンタン

量子計算学習ノート - 量子力学の公理10

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 この記事では最後の公理である、複数の量子系からなる量子系である、複合量子系を定義する。 複合量子系が定義できたので、実は一般の量子測定はユニタリオペレータによる時間発展と射影測定によって完全に記述できる。これを説明しよう。 状態空間$${Q}$$の量子系があるとして、本質的にはこの量子系に対して測定オペレータ集合$${\{M_m\}}$$の一般的な量子測定をしたいとする。まず、私たちは$${Q}$

量子計算学習ノート - 量子力学の公理9

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 ここでは量子状態の位相について取り扱う。位相には二種類ある。 まずはグローバル位相だ。状態ベクトル$${|\psi\rang}$$に対し、$${e^{i\theta} |\psi\rang\ (\theta \in\mathbb{R})}$$なるベクトルもまた状態ベクトルとなる。このように書かれた$${e^{i\theta}}$$をグローバル位相と呼ぶ。グローバル位相のみが違う状態に対する観測による

量子計算学習ノート - 量子力学の公理8

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 これまで量子測定の定義について述べてきたが、ここではその性質について述べることにする。 $${\sum_m \sum_l M_m L_l = I\cdot I = I}$$より、$${\{N_{lm}\}}$$は確かに測定オペレータの集合になっている。今、$${\{L_l\}}$$で状態$${|\psi\rang}$$を測定し、結果として$${l}$$を得たとする。つまり、測定確率は$${p(l)

量子計算学習ノート - 量子力学の公理7

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 特殊な量子測定である射影測定を見てきた。ここではより広い範囲の量子測定をカバーするPOVM測定について説明する。POVM測定は一般の量子測定の特殊なものではあるが、一般的な量子測定は何らかのPOVM測定に紐づくという意味でかなり広い範囲の量子測定をカバーしているといえるだろう。 なお、直前にも述べたがPOVMによる測定は射影測定を含んでいる。実際測定オペレータとPOVM要素が一致するとき、測定オペレ

量子計算学習ノート - 量子力学の公理6

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 今回の記事では量子測定の中でも特殊かつよく使われる測定である射影測定について議論することにする。 射影測定は測定されるシステムの状態空間上のエルミートオペレータである観測量$${M}$$の下に記述される。 この測定は一般的な量子測定の特別な場合だ。実際一般的な量子測定において、測定オペレータ集合$${\{M_m\}}$$として、互いに直交した射影オペレータの集合をとると、射影測定になる。 射影測

量子計算学習ノート - 量子力学の公理5

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 前回は量子系に対する一般的な観測とは何かについて説明した。この記事では観測の重要な応用である量子状態の識別について説明する。 そもそもどのようなときに「量子状態を識別できた」と言えるのだろうか。これには二者(Alice & Bob)間における次のゲームを考えるとわかりやすい。 従来のシステムであれば状態同士(ビットが0か1か、さいころの目がいくつか、コインの表・裏など)は観測することによって理想的

量子計算学習ノート - 量子力学の公理4

この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。 この記事では観測(測定ともいう)について説明する。これまでは閉じた量子系についてその状態変化をユニタリオペレータによって記述した。他の量子系と相互作用のないシステムの場合はそれでよいが、観測を行うとき、量子系は観測機器と相互作用し、測定結果を得ることになる。すなわち量子系はもはや閉じた系ではない。したがってユニタリオペレータによる時間発展にはならない。 そこで、観測の効果を記述する公理として、次を設