量子計算学習ノート - 密度オペレータ3


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


ここまでは密度オペレータを純粋状態のアンサンブルとして定義し、量子力学の公理を密度オペレータの言葉で再構築する議論をしてきた。実際には密度オペレータは状態ベクトルに頼らずに定義することができる。この記事ではそれを示す。これによって量子力学の公理が完全に密度オペレータの概念から出発して、状態ベクトルの概念を経由することなく再構築されることが分かるようになる。

密度オペレータの定義を次のように置き換える。

線形オペレータ$${\rho}$$が、$${{\rm tr} \rho =1}$$かつ正のオペレータであるとき、これを密度オペレータと呼ぶ。

密度オペレータ

密度オペレータをこのように定義するとき、状態ベクトルのアンサンブルとして定義した密度オペレータが再構築でき、逆にアンサンブルとして定義した密度オペレータは上記の定義を満たす。つまり上記の定義は状態ベクトルのアンサンブルとしての定義と必要十分条件になっている。

状態ベクトルのアンサンブルとして定義された密度オペレータ$${\rho = \sum_i p_i |\psi_i \rang \lang \psi_i |}$$は次を満たす。

$$
{\rm tr} \rho = \sum_i p_i {\rm tr} (|\psi_i \rang \lang \psi_i |) = 1
$$

$$
\lang \psi| \rho |\psi\rang= \sum_i p_i \lang \psi|\psi_i \rang \lang \psi_i |\psi\rang = \sum_i p_i |\lang \psi|\psi_i \rang|^2 \ge 0
$$

逆に、$${{\rm tr} \rho =1}$$かつ正のオペレータである線形オペレータ$${\rho}$$を考えると、そのスペクトル分解が存在するから

$$
\rho = \sum_i \lambda_i |e_i \rang \lang e_i |
$$

と表現できる。そして$${\lambda_i \ge 0,\ \sum_i \lambda_i = 1}$$だから、$${\{(\lambda_i, |e_i\rang)\}}$$はそのまま状態ベクトルのアンサンブルとなることがわかる。

状態ベクトルに依存しない、密度オペレータの言葉だけに依存して量子力学の公理を再構築すると次のようになる。

任意の孤立した物理システムに関連してシステムの状態空間と呼ぶ、ヒルベルト空間が存在する。物理システムの状態は密度オペレータで完全に記述される

公理1

閉じた量子システムの時間発展はユニタリ変換によって記述される。つまり時刻$${t_1}$$におけるシステムの状態が$${\rho_1}$$であったとき、時刻$${t_2}$$における状態$${\rho_2}$$は、時刻$${t_1, t_2}$$にのみ依存したユニタリオペレータ$${U_{12}}$$によって、$${\rho_2 = U_{12} \rho_1 U_{12}^*}$$となる。

公理2

量子測定は測定オペレータ集合$${\{M_m\}}$$によって記述される。ただし、この集合は完全性関係$${\sum_m M^*_m M_m = I}$$を見たす。測定オペレータ$${M_m}$$のインデックス$${m}$$が測定値に対応し、状態$${\rho}$$において$${m}$$が測定される確率$${p(m)}$$は$${{\rm tr}(M_m^* M_m \rho)}$$となる。測定後の状態は$${\frac{M_m \rho M_m^*}{\sqrt{{\rm tr}(M_m^* M_m \rho)}}}$$である。

公理3

複合物理システムの状態空間は個々の物理システムを記述する状態空間$${V_i}$$のテンソル積$${V_1 \otimes V_2 \otimes \cdots \otimes V_n}$$で記述される。個々の物理システムの状態を$${\rho_i}$$とすると、各システム間に相互作用がない状態は$${\rho_1 \otimes \rho_2 \otimes \cdots \otimes \rho_n}$$となる。

公理4

密度オペレータによる量子力学の公理は、本質的には状態ベクトルによる量子力学の公理と等価だ。しかし密度オペレータによる記述を採用すると以下の二つの局面において記述と議論がかなりすっきりする。

  1. システムの状態がわからない(厳密には統計的に不確実)ときの議論をしたい場合

  2. 複合量子システムの部分システムを記述する場合

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