量子計算学習ノート - 量子力学の公理10


この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。


この記事では最後の公理である、複数の量子系からなる量子系である、複合量子系を定義する。

複合量子系の状態空間は、個々の量子系の状態空間のテンソル積で与えられる。つまり、それぞれの状態空間を$${V_i}$$とすると、複合量子系の状態空間は$${V_1 \otimes V_2 \otimes \cdots \otimes V_n}$$である。また、$${i}$$番目のシステムの状態が$${|\psi_i\rang}$$にあり、かつ相互作用していないとき、複合量子系の状態は$${|\psi_1\rang \otimes |\psi_2\rang \otimes \cdots \otimes |\psi_n\rang}$$となる

複合量子系

複合量子系が定義できたので、実は一般の量子測定はユニタリオペレータによる時間発展と射影測定によって完全に記述できる。これを説明しよう。

状態空間$${Q}$$の量子系があるとして、本質的にはこの量子系に対して測定オペレータ集合$${\{M_m\}}$$の一般的な量子測定をしたいとする。まず、私たちは$${Q}$$に補助的な状態空間である$${M}$$を付け加える。ここに$${\dim M}$$は測定値の個数とする。この状態空間は数学的な記述と考えることもできるし、実際に存在する量子系を問題に追加したものとも考えることができる。

さて、$${M}$$の適当に固定された状態を$${|0\rang}$$としよう。$${Q}$$の状態を$${|\psi\rang}$$とおき、複合量子系$${Q \otimes M}$$に働く次のような線形オペレータ$${U'}$$を定義する。

$$
U' |\psi\rang |0\rang = \sum_m M_m \otimes I |\psi\rang |m\rang
$$

$${\{M_m\}}$$が測定オペレータ集合であることから、次がわかる。

$$
\begin{array}{l}
\lang\varphi| \lang 0 | U'^{*}U' |\psi\rang |0\rang \\
= \sum_m \sum_{m'} \lang \varphi | M^*_m M^*_{m'}| \psi \rang \lang m | m'\rang \\
= \sum_m \lang \varphi | M^*_m M^*_{m}| \psi \rang\\
= \lang \varphi | \psi \rang
\end{array}
$$

つまり、$${U'}$$は内積を保存することがわかる。ここで注意だが、まだ$${U'}$$は$${Q \otimes {\rm span \{|0\rang\}}}$$を定義域にした線形オペレータなので、$${Q \otimes M}$$上のユニタリオペレータではない。

しかし、$${U'}$$を$${Q \otimes M}$$上のユニタリオペレータに拡張することができる。実際ここまでの議論で$${Q}$$のCONS$${\{|q_i\rang\}}$$に対し

$$
\lang q_i| \lang 0 | U'^* U' |q_j\rang | 0\rang = \delta_{ij}
$$

が成り立つことがわかるから、このCONSを用いて$${U'}$$は以下のように書ける

$$
U' = \sum_i \left(\sum_m M_m \otimes I|q_i\rang|0\rang\right) \lang q_i|\lang0|
$$

ここで$${1 \le i \le \dim Q}$$に対し、$${|\Psi'_i \rang \equiv \sum_m M_m \otimes I |q_i \rang |0\rang}$$と置く。$${Q \otimes M}$$の部分空間$${{\rm span}(\{|\Psi'_i\rang\})}$$に対する直交補空間を考え、そのCONSを$${|\Psi_i''\rang}$$とすると、$${Q \otimes M}$$のCONS$${\{|\Psi_i \rang\}}$$を次のように定義できる。

$$
|\Psi_i \rang \equiv |\Psi'_i\rang \ (1 \le i \le \dim Q), \ |\Psi_i \rang \equiv |\Psi''_{i-\dim Q}\rang \ (\dim Q \lt i \le \dim Q \otimes M)
$$

一方で、$${Q}$$のCONS$${\{|q_i\rang\}}$$と$${M}$$のCONS$${\{|m\rang\}}$$から、新しい$${Q \otimes M}$$のCONS$${\{|\Phi_i\rang\}}$$を次のように作る。

$$
|\Phi_i \rang \equiv |q_{(i \bmod \dim Q)} \rang \left| \lceil{\frac{i}{\dim Q}}\rceil \right\rang \ (1 \le i \le \dim Q \otimes M)
$$

このように定義したCONS$${\{|\Psi_i\rang\}, \{|\Phi_i\rang\}}$$を用いてユニタリオペレータ$${U}$$を次のように定義すると$${U|\psi\rang |0\rang = U'|\psi\rang |0\rang}$$となる。

$$
U = \sum_m |\Psi_i \rang \lang \Phi_i|
$$

さて、$${U}$$を$${|\psi\rang |0\rang}$$に対して適用した後に測定オペレータの集合を$${\{P_m (= I\otimes |m\rang\lang m|)\}}$$とする射影測定を考える。まず$${p(m)}$$を計算すると、次のようになる。

$$
\begin{array}{l}
p(m)\\
= \lang \psi |\lang 0 | U^* P_m U |\psi\rang |0\rang\\
= \sum_{k,l} \lang \psi | \lang k | (M^*_k \otimes I) (I\otimes |m\rang\lang m |) (M_l \otimes I) |\psi\rang |l\rang\\
= \lang \psi | M_m^* M_m |\psi \rang\\
\end{array}
$$

また、測定後の状態は次のように記述されることになる。

$$
\frac{P_m U |\psi\rang |0\rang}{\sqrt{p(m)}} = \frac{(I\otimes |m\rang \lang m |) \sum_k M_k \otimes I |\psi\rang |k\rang}{\sqrt{ \lang \psi | M_m^* M_m |\psi \rang}} = \frac{M_m |\psi\rang}{\sqrt{ \lang \psi | M_m^* M_m |\psi \rang}} \otimes |m\rang 
$$

以上より、一般的な量子測定は、ユニタリオペレータによる時間発展と複合量子系の利用、そして射影測定さえあれば実現可能である。

複合量子系の導入によって最も興味深く、かつ最もわかりにくい概念が量子エンタングルメント(量子もつれ)だ。次のような二つの量子ビット系の状態を考える。

$$
|\Psi\rang \equiv \frac{|00\rang + |11\rang}{\sqrt{2}}
$$

この状態はエンタングルメントを持つ顕著な例であり、ここの量子系のテンソル積の状態で記述することができない状態だ。つまり$${|\Psi\rang = |\psi\rang |\varphi\rang}$$となるような$${|\psi\rang |\varphi\rang}$$が存在しない。実際、このような記述が可能であると仮定する。$${|\psi\rang = \alpha|0\rang + \beta|1\rang, |\varphi\rang = \gamma|0\rang + \delta|1\rang}$$と記述できたとすると

$$
|\Psi \rang = \alpha \gamma|00\rang + \alpha \delta |01\rang + \beta \gamma|10\rang + \beta \delta |11\rang
$$

となる。したがって$${\alpha = 0}$$または$${\delta = 0}$$、そして$${\beta = 0}$$または$${\gamma =0}$$が成り立たなくてはならないが、これが成立してしまうと$${|00\rang}$$の項か$${|11\rang}$$の項が$${\bold 0}$$になってしまう。これは矛盾する。

複合量子系の状態が、複合量子系を構成する各量子系の状態のテンソル積で書けないとき、そのような複合量子系の状態はエンタングルメントしているといい、そのような状態をエンタングルド状態という

量子エンタングルメント

エンタングルド状態はその理由は誰も十分理解していないが、量子計算と量子情報において重要な役割を果たし、最もわかりやすい例は量子テレポーテーションの実現にはエンタングルド状態が必要であることだ。

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