量子計算学習ノート - 超高密度符号化
この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。
この記事ではこれまでの量子力学の公理を有意義に組み合わせて、量子力学を用いて達成できる情報処理タスクの中でも理想的な一つを紹介する。
AliceとBobの二者間でビットのやり取りをすることを考えよう。通常従来の情報理論では2つのビット状態をAliceからBobに伝えるには、2つのビットをやり取りする必要があり、これは当然の話である。一方で量子力学の公理を用いると、事前にAliceとBob間でエンタングルド状態を共有することを許すならば、Aliceは1つの量子ビットを送るだけでBobに2つのビット状態を伝えることができる! この手法を超高密度符号化(super-dense coding)という。
超高密度符号化は次のように実施する。まずAliceとBob間で次の状態にあるエンタングルド状態を共有する。つまり第一量子ビットをAliceが、第二量子ビットをBobが所有するようにする。
$$
|\Psi_+ \rang \equiv \frac{|00\rang + |11\rang}{\sqrt{2}}
$$
この状態は例えば第三者によって用意された状態とし、それぞれの量子ビットをAliceとBobに渡した、などと考えればよい。肝要なところはこの状態のためにAliceは量子ビットをやり取りしたわけではないことに注意してほしい。この状態はAliceとBobとの間で情報をやり取りするための「チャネル」でしかない。
Aliceはまず、送りたい2ビット状態に応じて次のような操作を施す。
$${00}$$を送りたいなら何もしない
$${01}$$を送りたいならパウリゲート$${\sigma_z}$$を、量子ビットに適用する
$${10}$$を送りたいなら量子NOTゲート、つまりパウリゲート$${\sigma_x}$$を、量子ビットに適用する
$${11}$$を送りたいなら$${i\sigma_y}$$を、量子ビットに適用する
結果、AliceとBob間の複合量子系は次のような状態になる。
$${|\Psi_+\rang \to |\Psi_+\rang \equiv \frac{|00\rang + |11\rang}{\sqrt{2}}}$$
$${|\Psi_+\rang \to |\Psi_-\rang \equiv \frac{|00\rang - |11\rang}{\sqrt{2}}}$$
$${|\Psi_+\rang \to |\Phi_+\rang \equiv \frac{|10\rang + |01\rang}{\sqrt{2}}}$$
$${|\Psi_+\rang \to |\Phi_-\rang \equiv \frac{|10\rang - |01\rang}{\sqrt{2}}}$$
この状態集合$${\{|\Psi_{\pm}\rang, |\Phi_{\pm}\rang\}}$$は前にも述べたが、Bell基底、Bell状態、EPRペアなどと呼ぶ。Bell基底はその名前の通り、2量子ビットの複合量子系におけるCONSになっているため、量子状態を識別できる。したがって、Aliceは自分の保有する量子状態をBobに届けることができれば、BobはBell基底による射影観測によって、Aliceがどの2ビットを送信したかったのか、確率1でわかることになる。
ところで第三者Eveが、超高密度符号化の過程でAliceがBobに送信した量子ビットを横取りしたとする。このときEveはその量子ビットから一切Aliceが送りたかったビットを推定することはできない。なぜならば、どんな量子測定をもってしてもAliceが持っていた第一量子ビットを測定したときの統計は、Aliceの操作によらず同じになるからだ。最後にこれを示そう。
第一量子系の測定オペレータ集合を$${\{M_m\}}$$としよう。このとき、Eveが測定値$${m}$$を得る確率$${p(m)}$$は、次のようになる。
$${|\Psi_+\rang}$$のとき
$$
p(m) = \lang \Psi_+ | M_m^* M_m \otimes I |\Psi_+ \rang = \frac{1}{2}\sum_{i} \lang i | M_m^* M_m |i \rang
$$
$${|\Psi_-\rang}$$のとき
$$
p(m) = \lang \Psi_- | M_m^* M_m \otimes I |\Psi_- \rang = \frac{1}{2}\sum_{i} \lang i | M_m^* M_m |i \rang
$$
$${|\Phi_+\rang}$$のとき
$$
p(m) = \lang \Phi_+ | M_m^* M_m \otimes I |\Phi_+ \rang = \frac{1}{2}\sum_{i} \lang i | M_m^* M_m |i \rang
$$
$${|\Phi_-\rang}$$のとき
$$
p(m) = \lang \Phi_- | M_m^* M_m \otimes I |\Phi_- \rang = \frac{1}{2}\sum_{i} \lang i | M_m^* M_m |i \rang
$$
以上より、観測の統計が、Aliceの操作に一切よらず常に同じになるため、EveはAliceが送りたかったビット列の情報を一切得ることはできないのである。
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