見出し画像

絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #55

  目次

「彼のありようは、生きることに能動性を伴っていません。何もせずとも、強制的に生き続けてしまう。恐らくは、半永久的に」
「なぜ生きているのかわからない君は、受動的に生きている彼を見て、どう思った?」
「特に何も。ただし、自分がなぜ意思もないのに生きているのか、その疑問に対していくらかの知見は得られました」
「ほう」
「ぼくはたぶん、自分の脳みそを物理的に分解してみたいんだと思います・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……何がどうなってそんなトンチキな結論に至ったのか説明してくれるかね?」
 ジアドはクロロディスの頭蓋を握り砕き、慎重に骨殻を取り除いて大脳新皮質を露出させた。
「意識は脳に宿っているとよく言われます。ぼくもそう思います。しかし脳という器官は、複数のパーツによって構成されるシステムです。確実に意識が宿っていないとわかるパーツをひとつずつ取り外してゆくと、最終的には何も残りません。魂の座とでも言うべき部位は、人間の肉体には備わっていないのです」
 ピンクがかったクリーム色の神経組織を無造作に次々とむしり取る。
 隣にクロロディスが座り込み、ジアドと並んでその様子を興味深げに見ている。
「ふむ」
「この事実から、意識の本質とは何なのかをぼくは考えました。それは「葛藤」なのではないでしょうか。複数の生理的、あるいは危機的な欲求を前に、どの欲求を優先させるべきか機械的には判断がつかないとき、多少理不尽にでも結論を出してしまう「すり合わせ現象」。それが意識なのではないでしょうか。理不尽であるがゆえに、その判断基準はムラと矛盾に満ちている。それが感情なのだと思います」
「物ではなく現象であると」
「そうすると、「意識がない」とはどういうことか。ぼくの脳みそには――逆説的に「魂の座」と呼ぶべき物理的な部位が突然変異的に存在しているのではないか。そして、各欲求の要請を厳密に数値化し、理論的に優先順位をつけている。そこに理不尽さはなく、自明の数理だけがある。ゆえに意識という名の強引な外付け調整ソフトウェアを必要としなかった」
「欲求の、数値化」
「どこかで聞いたような話だと思いませんか。数値化のしようがないものを数値化する。ぼくの脳みその中には、一体何が潜んでいるのでしょうかね? ぼくはそれを、直接手に取って確かめたいと考えています。これこそがぼくの生きている要因なのだと納得したい。しかし、困ったことにそういうことをするとぼくは死んでしまい、魂の座を感じ取ることができません」
「オヤオヤ、悩ましい「葛藤」だねぇ」
「いえ、とるべき手は自明です。アーカロトくんがそれを教えてくれました」
 手刀一閃。クロロディスの首を切断する。
 髪を掴んで目の前に持ち上げる。
「彼のお話にあった、第一大罪フォビドゥン・セフィラなる世界。そこでは物質に寄らぬ意識が存在しうる。そこでなら僕は自分の脳を自分の手で解剖できる」
「意識のない君が魂の地獄へ召されていけるとは思えないが?」
「えぇ、ですから生きたまま行きます」

【続く】

こちらもオススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。