見出し画像

秘剣〈宇宙ノ颶〉 #9

  目次

「こんなんじゃ……絶対無理だ……」
 ……何のことだろう?
 ぼくは結局何も言わず、彼女の手を取ってぼくの胸板に触れさせた。
「え?」
「心臓、まだバクバクいってますよね?」
「あ……」
「ぼくもあの時、滅茶苦茶怖かったんです」
「ホントだぁ……」
 リツカさんの顔が、ほんの少しの笑みに彩られる。
「よく見たら、手も震えてるね」
「……うっ」
「あ、膝もっ」
「うぅっ」
 指摘されるとさすがに恥がこみあげてくる。
 彼女はクスクス笑いながら、さらにペタペタと体中触ってくる。
 よかった、いつもの調子を取り戻したみたいだ。
 しかし……
「うりうり~、どこもかしこもガクガクだね~」
 ペタペタ。
「……あの、先輩」
「ん~、なに?」
 ペタペタ。
「さすがに、その、照れるんですが」
「……」
 彼女の手が、熱いものに触れたかのように引っ込められた。
「……」
「……ご、ゴメン」
「いえ……」
 二人して、下を向いて黙る。
 たくさんの車のエンジン音だけが、しばらく流れた。
「……帰ろっか」
 彼女が立ち上がった。
「……ですね」
 ぼくもつづく。
 お互い、なんとなく眼を合わせられないまま歩きだし、やがてリツカ先輩の家にたどりついた。
 彼女は門をくぐり、石畳の階段を駆け上がってから、パッとこちらを振り向いた。
「遅くまでつき合わせちゃってゴメンね。それから、助けてくれてすっごくありがとう」
 ちょっと紅潮した顔に、澄んだ水から反射する陽光のような笑顔が輝いた。
「ちょっと……ううん、とってもカッコよかった!」
 そういうと、頬を覆い隠しながら逃げるように玄関を開け放ち、家の中へ入っていった。
 ぼくは何も言えず、ゆっくり閉じゆく玄関を見ていた。
 すこし、ぼう、としていた。
 やがて、自分が体を動かせるという事実を思い出すと、乱暴に顔を振って頬に宿る熱を追い出し、我ながらおぼつかない足取りで帰路についた

 家に帰ると、ツネ婆ちゃんが行方不明になっていた。

 ●

 玄関をくぐった瞬間、ホームヘルパーの加藤さんが慌てた様子でまくしたててきた。
 話を要約すると、ついさっき、いつものように晩御飯と替えのオムツを持って婆ちゃんの部屋に行ったら、もぬけの殻になっていて、家中探し回ってもいないという。
「警察には連絡しましたか?」
「しようと思ったんですが、そのまえにザキラさんが『絶対に警察はダメ』ってすごい剣幕で言うもんで、わたしゃもうどうすりゃいいのやら……」
 責任を感じて意気消沈している加藤さんを尻目に、ぼくは電話をかけていた。
 我が父・赤銀ザキラの携帯だ。
「警察に連絡しよう」
『駄目だ』
 ぼくの言葉を、父さんは一言で切り捨てた。
「どうして!」
『マッポは駄目だ。とにかく駄目だ』
 一昔前の新宿歌舞伎町で、数十人のチンピラを木刀一本でのめした伝説の喧嘩師が、無駄なまでに威圧感に満ちたうなり声でそう断じた。
 というかマッポて。
 リアルな言い回しが嫌だ。
「何か知ってるんだね」
『しらねえな』
 頑迷な口調。教えろと言って教えてくれそうにない。
「……わかった、とりあえず今はそういうことにしとく」
『ふん』
「それで? 介護事務所には連絡していいの?」
『いいわけねえだろ。公にしたらすぐマッポが来ちまうだろーが! とにかくどこにも報せるなよ、いいな?』
 なんでそんなワケのわからない理屈で怒られなきゃなんないんだ。
「……あのさ、前もこういうことはあったわけ?」
『あったさ。このところは妙に多かったな。……なんだお前、気づかなかったのか? 修行が足りねえよ』
「多かったって……なんでほっとくんだよ!」
『いいだろ別に。毎度ちゃんと帰ってくるしよ』
 呆れた。ここまで無責任だとは思わなかった。
 こんな人が教士称号なんか取ってるんだから世も末だ。
「もういいよ、探しに行ってくる!」
『あ、待てコラ』
 受話器を叩きつけて、加藤さんの方を振り向く。
「ここで婆ちゃんを待ってて下さい。父が言うにはいずれ帰ってくるそうなので」
「あ、はい!」
 ぼくは駆け出した。
 婆ちゃんの部屋の前を通りかかったとき、ふと思い立って立ち止まった。
 戸を開け、電気をつける。
 何か、手がかりになるようなものはないかと。
 すみずみまで見渡す。
 和室だ。加藤さんとぼくの普段からの奮闘により、小奇麗に片付いている。
 畳。襖。床の間。電気行灯。全体的に和物で統一されていたが、手すりつきのベッドだけは異彩を放っている。
 いつものことだ。何も変わりはない。
 何も。
 何も――
 ――全身の産毛が、総毛立つ。
 床の間。
「なんで……」
 床の間の刀掛けには。
「何なんだよ……」
 真剣が。
「どういう意味だよ!」
 飾られていたはず。
 なのに。
 まさか。
 しかし。
 不吉な考えを振り払うように、ぼくは部屋から飛び出した。
 気の迷いだ。
 ぼくは混乱のあまり、わけのわからないことを考えている。
 そう思い込んだ。
 本当は、わかっていたのに。
 ――真剣を持ち出したのは、婆ちゃん以外にありえないというのに。
 ――刃の潰されていない刀の用途など、ひとつしかないというのに。
 それを、妄想だと、思い込んだ。

【続く】

こちらもオススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。