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おうちで運動をたのしオヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォゲ #AKBDC #ppslgr

「それじゃあ何か、このフィットボクシング空間から出るにはアンタを殺すしかないってことか、バール」
「そういうことだ。難儀な話だな、ホイズゥ」
 次の瞬間、俺は後ろに大きく仰け反った。赤いジョイコンを握りしめた拳が視界を下から上へ通過してゆく。カラテを帯びた風圧がバラクラバ帽をはためかせた。
 躊躇なし!
 俺は上半身を戻しながらジャブを連打。弾けるような音を立ててガードされた。青い波紋のようなエフェクトが着弾点に広がり、消える。
 最後の一発にひときわ力を込め、その反動に身を任せて飛び退った。
「あの……もうちょっとこう、葛藤と言うか、「そんな! お前を殺さなければならないなんて!」的なやりとりとかをさ……」
「お前するの?」
「……しないな……」
 死して屍拾うものなし。
 メキシコの荒野(形而上概念)に生きる者の暗黙の了解であった。
 海中めいた青い世界の中で、二人の男は対峙していた。耳をどよもすBGMは『Girlfriend』。速いテンポのリズムに合わせ、波紋めいたものが忙しなく鼓動している。
 足元には何も見えず、無限の虚空が広がっていたが、しっかりと足場を踏みしめる感触はあった。
 俺たちは自然と右手は顔の横、左手は顎の前に持ち上げ、前、後ろ、前、後ろと全身の重心をリズミカルにシフトさせ始めた。
「まぁ、なんだ、ホイズゥ。いろいろ考えたが、俺が拳聖になるにはアンタをカラテ殺す以外にないってことだけは確かだ。だってほら、いくら毎日続けようがホイズゥの方が先に始めたんだから、最初の差が永遠に埋まらないだろう?」
「奇遇だな。拳聖の座に居続けるにはお前の功夫を全廃しようと思ったところだ」
 右手に赤いジョイコン。左手に青いジョイコン。
 ホイズゥもまた同様にコントローラーを握りしめている。この空間ではジョイコンを持たない拳に威力が宿らないのだ。
 『Girlfriend』がサビに入る。
 同時に、不可視の大地を揺るがす踏み込みによって、俺たちは瞬時にワンインチ距離にまで間合いを詰めた。遅れて響く轟音が臓腑を震わせる。
 体幹に捻りを加えながら、直角に曲げた腕を引き絞り――解き放つ。
 横一文字に空間を挽き潰すフック。
 しかし頭蓋と脳髄を叩き潰す甘美な感触が拳に伝わってこない。そこにホイズゥの姿はなく、直後に顎を打ち抜かれる衝撃が意識を舐め尽くした。
 ウィービング回避からの右アッパー。目の前を緑のヒットエフェクトが散華し、「GOOD!」の表示が浮かび上がる。
 ――勝負を焦ったなホイズゥ。
 俺にカウンターを合わせることに意識が集中し、機を逸したのだ。『Girlfriend』のリズムのタイミングでインパクトせねば一撃で敵を殺す威力が出ない。一般常識である。
 俺は顎をこすりあげる拳に逆らわず、ぬるりと回転して威力を受け流す。相手のカラテを自らの肉体の中で整流し、螺旋を描きながら全身を地面に押し付けるダウンフォースへと変換。深く腰を落とした姿勢から旋回ざまに左スマッシュ。『Girlfriend』の拍子から外れた瞬間に始まった攻撃は、インパクトのタイミングに正確にリズムを刻むよう調整されていた。
 橙色のヒットエフェクトが弾け、衝撃波が全身を叩く。「JUST!」表示に会心の笑みを刻む。
 とっさに為したであろうホイズゥのガードが跳ね上がり、その胴ががら空きになっていた。
 すでに装填されている右ストレートを、全身の逆旋回と同期させて繰り出す――
「……ッ!?」
 ――かに思えた瞬間、くらりとした酩酊が襲い掛かってきた。バランスを失い、倒れ掛かるのをどうにか踏みとどまる。
「効いてねえわけねぇよなァーッ!!」
 刹那、腕を交差させて縮こまる。直後に交差点に襲い掛かってきた爆発は、俺の全身を十数メートルは弾き飛ばした。地面に二条の焦げ跡が刻まれる。ようやく慣性を殺し切り、ガードを解いた俺の前には、渾身の右拳を振り抜いた姿勢のホイズゥがいた。
 クソが。これがフィットボクシングを、えーと、あのー、たぶん半年ぐらいやった男の功夫ってわけか。good!判定でも十分に有効打を与えられるだけの壮絶なカラテ。その煙を立ち上らせる拳には、赤いジョイコンがみしりと軋まんばかりの握力で握りしめられている。
 最初のアッパーの衝撃を化勁しきれず、三半規管へのダメージになっていたようだ。おかげで必殺の機を逃した。
 だが、最も驚異的なのは、自らのカラテへの信頼である。これがなくば、ホイズゥが最後のストレートをあそこまで迷いなく振り抜くことはありえなかっただろう。
 これが、拳聖という存在の両拳に宿るもの。単なる質量とは異なる「重み」だ。
「おっ、地面の焦げ跡がするするっと消えていくぞ。やっぱ残しっぱだと処理の負担になるのかな?」
 追撃もなく、俺の脚が刻んだ焦げ跡に注目しているホイズゥ。クソッ、余裕かよ。
 ――だがここで、俺の脳髄に電流が走った。
「ちょっと待て」
「あん?」
「いまなんつった?」
「焦げ跡が、なんかFPSゲームの弾痕みたいに消えてくからさ、」
「それだ!!」
「なんだよ!」
「ものっそい処理に負荷をかけまくればこの空間はUNIXが爆発四散して元の世界に帰還できるのでは!?」
「ノーホーマー・ノーサヴァイヴが何年前だと思ってんだバール」
「ヤメロー!! ヤメロー!!」
 ともかく、いかにしてこの空間の処理能力をオーバーフローさせるかを二人で考えた。
「ケツァル・コーン・アトル出してみるか……」
「それだ!」
 ホイズゥが擁する最大最強のイマジナリーフレンド。一個人が保有するには、ソウルアバターが普及した現代においてすら過ぎた力だ。ホイズゥは今のところかの女神を制御するに至っていないが、その圧倒的巨体と後光エフェクトはただ存在しているだけでなんかのUNIXに壮絶な負担をかけるであろうことは想像に難くない。
「ぬぅぅぅぅん、ぬんッ!!」
 指先でなんかニンポ使うっぽい印を形作り、唸るホイズゥ。
 だが、何も起こらない。
「おいどうした」
「あれ? 妙だな……王子! レディ・ドゥーム! ダーヴィ! マラーラー!」
 手を上げて呼びかけるも、誰一人として顕現しない。
「……まぁ、ここがUNIX空間なら、イマジネーションの産物を実体化させるジツがサポートされてなくてもおかしくはない、か……」
 俺はバラクラバ帽ごしに頭を掻いた。
 まいったなオイ。自力でどうにかするしかなさそうだった。
 試しにジョイコンを握った拳を空中に繰り出す。その軌跡に青い色がつき、螺旋状に拡散する風っぽいエフェクトが広がった。
 ホイズゥと顔を見合わせる。
 二人してため息をついた。

 ニンテンドースイッチのジョイコンには、アタッチメントがついてくる。半円状のコントローラーの、本体との接続部分にカショッとスライドさせて合体することで、楕円形の握りやすい形状になるのだ。
 このフィットボクシング空間のジョイコンにも、同様にアタッチメントが装着されていたわけだが――
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
「ドラララララララララララララララララッ!!」
 二人の間で、無数のヒットエフェクトが次々と咲いては弾け、咲いては弾け、あたかも星々の海のごとき煌びやかな光の乱舞が繰り広げられていた。
 ジョイコンのアタッチメントには、手首にくくりつけるためのヒモがついているのだが、このヒモ同士を結び合わせることでジョイヌンチャクが完成するのである。
「あひゃららららららららららららららっ!!」
「ホ、ホーッ! ホアーッ! ホアアーッ!!」
 息もつかせぬヌンチャクワークによって体の前にX字の濃い軌跡が残留する。それは高速回転するチェーンソーめいて壮絶な破壊力の集中する場所であった。
 ヌンチャクワーク同士を接触させ、もって無数のヒットエフェクトを発生させ、どっかのUNIXを爆発四散せしめるのである。
 次々と重なってゆくGOOD!判定と、たまに混じるJUST!判定の表示。切り裂かれる大気のエフェクト。なおも加速してゆくジョイヌンチャク。だが――だが!
「――だぁぁぁぁああああああ!!!!」
 二人は同時にぶっ倒れた。無酸素運動の限界であった。
 喘鳴。痙攣。白目。無力。気絶。

 沈痛な面持ちで向かい合う俺とホイズゥ。
「……よし」
 何がよし、なのか。
「服を脱ぐぞ」
「ついに狂ったか」
「まぁ聞けよバール。これが人為的に俺たちを閉じ込めようという姦計なら、どこかで誰かが俺たちの様子を記録しているはずだ。当然、編集さんもいることだろう」
「ついに狂ったか」
「ここで俺たちがフルチンになったらどうなる? モザイクをかけるという余計な手間が発生し、奴らはカロウシし、俺たちが勝利する」
「ついに狂ったか」
「うるせー!! 俺はやるぞ!!」
 そして躊躇なく黒いチャイナ服をスポポンと脱ぎ捨てるホイズゥ。しなやかに剛毅(つよ)い筋骨に鎧われた裸体が出現する。
「あーあ……」
 しらねえぞお。
 しかし両腕をバンザイし、がに股になったホイズゥの股間には、確かにモザイク処理がわだかまっていた。
 マジか。マジで出るのか。
「バールゥ!! お前もやるんだよぉ!!」
 マジか。

「びっくりするほどアンタゴニアス!! びっくりするほどアンタゴニアス!!」
「俺はイールに感謝している……この世にイールがいなければ、俺は代わりに猟奇殺人者になっていたから……」
 謎めいたチャントを唱えながら、少数民族ジョイコン族が祭具ジョイヌンチャクのヒモに人差し指を絡めて頭上で振り回し、股間では一物を振り回していた。彼らの精霊信仰の中でも「現世からの解脱」という重要な意味を有する祭事である。
 フィットボクシング空間を所狭しとダイナミックに飛び回り、ヌンチャクワークによって無数のエフェクトを撒き散らし、ぶつけ合い、GOOD!とJUST!が舞い散り、イチモツワークによってモザイクの位置に微妙な変化を強い続ける。
 だがーーそれでもこの空間が壊れる気配はない!
「まだだホイズゥ!! あきらめるな!! イチモツワークを維持しながら小便を出せ!!」
「何ぃ!? 液体の描画する物理演算はものっそい処理を食うというわけか!! よしきたァァァァァァァァァァァァァ!!」
「うおおおおおおッ!! 小便は人を傷つけるための道具じゃねえ!! 俺とバトル小便で勝負だ!!」
 黄金の飛沫を撒き散らしながら、二人の男は華麗極まりない円舞を演じた。十字型の光のエフェクトが周囲を漂い、幻想的な世界がそこに現れていた。アンモニア臭が鼻を衝く。
 そして。
 世界に、罅が入った。
「あ~~~~~~毒が消えてユク 毒が消えてユク」
「解放されましタ~~~~~~~」

 お~~~~~~~~
  め~~~~~~~~
   で~~~~~~~~
    と~~~~~~~~
     ご~~~~~~~~
      ざ~~~~~~~~
       い~~~~~~~~
        ま~~~~~~~~
         す~~~~~~~~

 世界中の人々の、祝福の声が聞こえた。
 気も狂わんばかりの多幸感に包まれながら、俺とホイズゥは感涙に咽び、聖なる舞踏を続けた。これが意味だった。俺たちはこれから生まれるのだ。ありがとう。天と地の狭間にあるもののすべて。ありがとう。人の弱さと醜さ。そのすべてを抱きしめて、今わかりました。宇宙の心は、彼だったんですね。

 ●

 目覚めた時、俺とホイズゥはバー・メキシコの床に、雑に寝かされていた。
「おう、目が覚めたか。どれ、ワシがわかるか? 指は何本に見える?」
 どうやら介抱してくれていたらしいジョン・Qが、目の前で一本指を振っていた。
 俺とホイズゥは互いに顔を合わせ、慌てて股間を確認して粗相の後がないことに心底安堵し、感涙に咽びながら抱き合った。
「やった……! やったよホイズゥ!」
「あぁ……! 俺たちの勝ちだ……! 尊厳を捨てた甲斐があった!!」
「なんじゃいこいつら……ほれ、とりあえず栄養剤でも一本いっとけ」

 なお、いつものようにレイヴンが首謀者をぶっ飛ばしたことで俺たちはフィットネス空間から解放されただけであって、イチモツワークとかバトル小便とかまったくぜんぜん一切意味がなかったことを知った俺たちは、その後ジョイコンでセプクした。介錯は、なぜか薩摩言葉のレイヴンが担当した。



なにこれ

 現代に降臨したブッダであるところのアクズメ=サンを礼賛する儀式の一環です。チャラ男を回避し、俺は得を積んだ。そして人間としての品性を失った。だがいいんだ。こうして友の誕生日を祝うことができた。経験したことのない満足感を俺は今覚えている。アクズメ=サン、生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとう!! これからもヨロシク!!

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