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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #11

  目次

 何を。
 間違えたのだろう。
 ぼくはどうして。
 いつから。
 フィクションの世界に迷い込んでしまったのだろう。
 それも、とびきり低俗な。

 《錆びた、鉄の匂い》
 《折り重なって倒れる人々》

 おかしい。
 何かが、救いようもなく異形だ。
 こんな光景はありえない。
 近代国家に、こんな酸鼻な場面があってはならない。

 《赤》
 《無造作に転がる首》
 《紅》
 《腹腔からまろび出る腸》
 《赫》
 《死の痙攣をつづける手足》
 《その中心に佇む、白い影》

 いやだ

 《洗い晒しの浴衣》

 やめろ

 《骨ばった手に携えられた刀》

 見たくない

 《凍った滝のような白髪》

 見たくない!

 《その奥で虚無を放つ、隻眼》

「ア~」

 腹の底から、悲鳴が吐き出されてきた。
 後から後から、止まらなかった。
 ぼくの認識は歪んでいた。歪んだものを見せ付けられ、ぼくも歪んだ。
 それゆえ、後ろから伸びた手によって口が押さえつけられていることを把握するのに、時間がかかった。
「――ッ! ――ッッ!?」
「ダメだよ……! ダメ……いま見つかったら、殺されちゃう……!」
 か細く、震えた声。
 美しく、いとおしいと感じた声。
 霧散リツカの、声。
 そして、背中に当たる、柔らかで温かな感触。
 どうして!?
 なんだ!?
 どうなってる!?
 なぜこんな!?
 口をついて出てくる疑問は、しかし彼女の手に阻まれて吐き散らされることはなかった。
「とにかく落ち着いて……おねがい……」
 しばらくもがいていたぼくも、「おねがい」とつぶやきつづける彼女の声に、徐々に鎮められていった。
 うなずくことで、意志を伝える。
 ようやく、口が解放された。
 ぼくは即座に振り返る。
「どうして……こんな……なんなんだ……」
 搾り出すように、それだけを言った。
 先輩は、眼いっぱいに涙を湛えて、見た目にわかるほど震えていた。
 その時。
「さすがだな、《白の剣鬼》」
 浪々とした若い男の声が、どこかからか。
「貴様にかかっては、この人数でも一瞬か」
 思わず振り返って見ると、屍山血河を踏みしめて、一人の青年がそこにいた。
 黒いロングコートを血風になびかせた、二十代半ばの男。凍りつくような美貌のなかで、頬から口元にかけてつけられた傷痕が、一種荒々しい印象を与えていた。
「どんな気分だった? どんな気分になれば、そこまで簡単に殺められる?」
 眼の奥にたぎる、粘い炎。
「――その何もわからないというような呆けた面で、あのとき彼女を手にかけたのか?」
 彼は肩に手を回すと、一気にコートを脱ぎ捨てた。ハイネックのセーターに、黒いジーンズ。腰のベルトには、一振りの刀が差してあった。
「何の故もなく、ただ殺すために殺したというのか!?」
 スッと腰を落とし、抜刀に構える。
 ――強い。
 一目見ただけでわかった。無駄のない、機能美すらそぎ落とした構え。
 ――あの人、ぼくなんかじゃ想像もつかない領域にいる。
「死ね。彼女が味わった苦痛と恐怖を、万分の一でも思い知れ」
 彼と対峙する白い者も、応えるように抜刀に構える。
「ア~」
 毎日道場で見ている姿だった。
「――シィッ!」
 足元の死体を吹き飛ばして、青年が一個の弾体のように突貫する。
 白い者の間合いを一瞬で侵略する。
「是ッ!」
 一閃。研ぎ澄まされた抜刀瞬撃。
 ――だけど、足りない。
 この、白い人影の形をした世界の歪みを正すには、そんな当たり前の技法では足りない。
 ほら、白の剣鬼は斬撃の先で、すでに刀を鞘ごと掲げている。
 防がれるだけだ。
 そう、思った。
「ッ!?」
 眼を、見張る。
 青年の刃が、完全に抜き放たれた瞬間。
 横薙ぎと思われた一撃は、刺突に変わっていた。
 手首のスナップを効かせて放つ、致死の直線。
 常軌を逸するレベルで強靭な手首がなければ到底出来ない芸当。
 だが。
 ――その現象を、どう解釈すればいいのだろう。
 白い者の姿が、忽然と消えていた。
 誓って瞬きなどしていなかったのに、その移動の瞬間が見えなかった。
 単なる超高速などではない。不自然さすら感じさせる、消失。
「覇ァッ!」
 信じがたいことに、それすらも青年の想定内だったようだ。
 〝貴様の技は、一度見ている〟――彼の眼光が、そう語っていた。
 足を入れ替えざま、後方に向き直ると、刀を頭上に担ぐと同時に振り下ろした。あらゆる挙動が素晴らしい迅さで連結され、考えられうる最速の斬撃を後ろに放つ。
 そこに、一瞬、白の者の姿があるように見え――
 ――盛大な血飛沫が、上がった。

 青年の体から。

【続く】

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