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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #60

  目次

 とりとめもない記憶が頭を去来するうちに、シアラはすっかり眠りに入ったようだった。
 ふわふわとした和毛をひと撫でし、アーカロトはその場を辞する。
 ふと、廊下に部屋の明かりが漏れ出ているのに気付いた。
 なんとなく足音を忍ばせて近づき、覗き込む。
「……あぁ、あぁ、そうだね。そりゃそうさ、あそこまで手ひどくやられちまったら〈組合〉はもう終わりさ。遠からず〈紳士同盟〉が取って代わることになるだろうけれど――ふん、なるほどね。〈親父〉がアレじゃあ〈法務院〉は承認しないかもね。もしくはあのイカれたガキを引き渡すことを最低条件にしてくるか。どちらにせよ混乱は避けられない。〈峻厳〉、〈美〉、〈基礎〉あたりが示し合わせれば、久しぶりにセフィラの版図が塗り替わるかもしれないねえ」
 くく、と忍び笑い。
「でかいいくさが始まるよ。〈原罪兵〉も山ほど押し寄せる。胸躍るねえ、より取り見取りの殺し放題だ」
 ギドが、ライフルの銃腔に銅ブラシを突っ込みながら誰かと話していた。
 相手の姿は、見当たらない。
 ギドは顎骨に通信装置をインプラントしているが、有効半径は百メートル程度。足裏から聴勁をもって探査しても、その範囲にはギドと、子供たちと、アーカロト以外の何者もいないことは確実だった。
 では、どうやって会話をしている? 有線通信端末など彼女は持っていないし、身に着けてもいない。
 ――なんだ? どういうことだ?
「あ? なんだって? ……へぇ、それはそれは。ガキどものことなら心配いらないよ。妙なのを二匹拾ったけど、片方は結構な掘り出し物さ。あたしも歳だからね。さすがにガキどもの一生は面倒見てやれない。あいつに、代わりにガキどもを守っていってもらいたいもんだが、さてどうなることやらねぇ」
 アーカロトは目を見開く。
 恐らく、というか間違いなく自分のことだ。
「あぁ、ガキどもにはなるべく懐かれない態度を心掛けちゃいるが、どうにもね。あぁ? 心配いらないよ。同情されるようなヘマはしてないさ。あたしが動けなくなったら、あいつらはあたしを切り捨てて生きていく。それでいい。そのために死に損なった身で命にしがみついてんだ」
 ガンオイルをスプレーしながら、そんなことを言う。
 別段、口調が普段より穏やかだったわけではない。酷薄な嘲笑を帯びた、いつもの調子だ。
 だが――ひょっとしたら、その嘲りは、自分自身に向けたものだったのか?
 アーカロトは首を振り、完全なる無音の歩法でその場を去った。
 ――何も、変わらない。
 ギドは利己的な人間で、己の目的のために子供たちを利用している。必要とあれば容易く見捨て、使い潰す。そういう人間だし、それでいい。
 この認識が変わることを、向こうは望んでいない。
 それならそれでいい。
 なにひとつ報われなかろうと、己の美意識に誠実に生き抜く。そういう人間は、実在する。ヴァーライドがそうであったように。
 ――僕と、ギドと、子供たちの関係は、変わらない。
 そのままで、いい。

【続く】

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