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契約書的・甲乙つけがたいかもしれない話

契約書といえば”読みにくい文章”として有名ですが(※個人の感想です)、その要因の一つとして、当事者を「甲」「乙」と記すこともあるのではないでしょうか。

この「甲」「乙」という表現は日常会話ではほぼ使うことは無いですし、契約当事者のどちらが甲でどちらが乙なのかを見失いやすい、ということもあるかと思います。

なぜ甲や乙を使うのか?

まず、契約書では「甲」「乙」を使わなければならない、というルールはありません

もちろん、甲乙を使わないと契約書の効力がないとか、不正な文書となってしまう、ということもありません。

ではなぜわざわざ甲乙という表現を使うのでしょうか。

諸説あるとは思いますが、大きな理由としては「当事者名の省略」が挙げられると思います。

例えば、「株式会社亜異卯絵尾サービス開発」と「一般社団法人あかさたなはまやらわ」(※両社とも仮のもので、実在する会社とは関係ありません)との契約書が次のような文書だったら、とても読みづらいと思います。

一般社団法人あかさたなはまやらわは、株式会社亜異卯絵尾サービス開発に対して、毎月末日までに、事前に株式会社亜異卯絵尾サービス開発及び一般社団法人あかさたなはまやらわで定めた金額を記載した当月分の請求書を提示しなければならず、一般社団法人あかさたなはまやらわは、翌月末日までに当該契約書記載の金額を株式会社亜異卯絵尾サービス開発指定の銀行口座に振り込むことで支払う。 なお、その際の振込手数料は、一般社団法人あかさたなはまやらわの負担とする。

これを「株式会社亜異卯絵尾サービス開発=甲」、「一般社団法人あかさたなはまやらわ=乙」に置き換えると、

乙は、甲に対して、毎月末日までに、事前に甲乙で定めた金額を記載した当月分の請求書を提示しなければならず、乙は、翌月末日までに当該契約書記載の金額を乙指定の銀行口座に振り込むことで支払う。 なお、その際の振込手数料は、甲の負担とする。

少しは読みやすくなったのではないでしょうか。

どちらが甲でどちらが乙?

略称であることがわかりましたが、では当事者のどちらを甲にして、どちらを乙にしなければならないのでしょうか。

実はこれにもルールはありません。
当事者のどちらが甲でも乙でも基本的には関係ありません。

ただ、ルールは無いとしても、留意したほうが良いと思われる点が2つあります。

1つは、そもそも甲乙には順序がある、ということです。

甲や乙は「十干」(じっかん)とよばれるものの一部で、十干とは「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類です。
言い換えれば、甲=1番目、乙=2番目、丙=3番目・・・のようなものです。

このように、甲は乙よりも前であることは決まっていますので、一般的には乙よりも甲のほうが優位であると考えられています。

焼酎には甲種、乙種という種別がありますが、これは蒸留方法の新旧によって新しいほうが甲種、古い方が乙種とされていますし、危険物取扱者の資格でも取り扱うことができる範囲の広さの順で甲種、乙種、丙種が定められています。

そのため、契約の相手方をたてるために、相手方を甲、自分側を乙とする場合は多いと思います。

もう1点は、(おそらく上記点にも関連しているとは思いますが)契約書の種別によって一般的によく使われる割り振りが存在する、ということです。

例えば、マンション等の住居はもちろん事務所などの物件を借りるときに締結する賃貸借契約書では、貸す側(大家さん、不動産会社など)が甲、借りる側が乙とするのが一般的のようです。

また、何らかの業務を委託するようなもの、例えばイラストの制作やホームページの制作を委託する業務委託契約だったり、コンサルティング契約などは、依頼する側が甲で、依頼を受ける側が乙となることが多いようです。

甲乙以外でも良いのでは?

そもそも、当事者名の省略が目的であるのであれば、別に「甲」と「乙」でなくても良いのでは?と思いますよね。

先述のとおり、甲乙にしなければならないというルールはありませんので、当事者をはっきり区別できるのであれば、別の略称でも問題ありません。

そのため、例えば業務委託契約であれば、委託する側を「委託者」、受託する側を「受託者」とすることで、略称としての意味をもちながら、甲乙よりは当事者の識別はやりやすくなりますよね。
「あれー、自社は甲だっけ?乙だっけ?」ということを防ぐことができますし、また時々存在する「甲と乙が逆になってしまった」パターンも防ぐことができると思います。

甲と乙が逆になってしまうパターンは、意外とよく見かけますし、私も調整する過程で逆になってしまうこともあります。。。

一般的な契約書ではないもの、例えばウェブサービスの利用規約や約款のようなものでは、甲乙ではなく「お客様」「当社」という表記もよく使われると思いますが、甲乙で記されるよりはわかりやすいですよね。

海外の契約書でも略称は使われますが、日本のような甲乙ではなく、このようなもう少し具体的な名称で記すことが多いようです。
例えば、売買契約では売主=Seller、買主=Buyerとしたり、販売代理店契約では製品製造者=Distributor、販売者=Supplierとする、などです。

で、どうする?

契約書は、当事者がしっかりと理解し合意することが重要です。
従来のように「甲」「乙」という表記にこだわるのではなく、理解のしやすさを重視してもっとわかりやすい表記にすることもとても重要だと思います。

その一方で、古来より(?)日本の契約書は甲乙の表記が為されてきているので、こちらのほうがわかりやすいという方もいらっしゃるかもしれません。

「甲乙表記にこだわる」のか「わかりやすい表記を推し進める」のか、なかなか甲乙付けがたい問題ですね。

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