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本だより(1) 「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」 信田さよ子

この本を手に取ったきっかけは、他でもなく私自身の母親だった。母本人から手渡されるというのは相当なプレッシャーではあるが、母自身が本書の内容を正確に受け止めていたのであれば、娘との関係を客観的に見られている、健康度の高さの現れとも言えるだろうか。


本書では母と娘の「境界」が扱われている。カウンセリングルームを開設する著者の元に訪れる相談者の主訴は様々であるが、その根底に母子密着や家族システムの問題を抱えるケースは多くあるという。


著者はアダルトチルドレンをはじめとした家庭内の問題に長年取り組んで来られた信田さよ子氏。かつては信田氏も母子密着=病的という考え方に反発の立場であったというが、超高齢化社会、非正規雇用の増大といった社会的背景により益々母の影響力は高まっていった。


暴力や身体的虐待がもたらす「明確な」不幸や支配とは異なり、母娘密着による支配は一見何の問題もない家庭にも起こりうる。一方でその深刻さや重篤度を客観的に測ることは非常に難しい。

いわゆる「教育虐待」にあたる事例を私自身も扱うことがあるが、物理的に生命が脅かされる虐待と比較すると、そのような親を「お断りすること」はわがままや贅沢であるとされる社会的リスクは大いにあるだろう。しかし不幸自慢をするのではなく、どこの家庭にも起こりうる問題として、捉える必要があるのではないか。


第3章の「迷宮からの脱出」では、母、父、娘それぞれの立場にあてた「処方箋」が示されている。「ラベリング」や「アイメッセージ」など心理学的アプローチの基本となる技法についてもわかりやすく示されており、本書で扱っているテーマに限らず、カウンセリングがどのように行われているかを事例を通して知りたい方には一読をおすすめしたい。


最後になるが、本書を手に取った時、思い出した自身のエピソードを紹介する。

それは私が社会人となり、初めて一人暮らしをしてしばらくした時の母の「私が選んだパートナーはお父さん。だからあなたが自立した後の生活も楽しんでいるよ。」といった言葉だった。

一人での生活の自由さにこれまでにない解放感を得ながらも、母は自分を失って気落ちしてしまっているのではないかと罪悪感を常に感じていた私は、その言葉に寂しさを覚えつつ、酷く安堵したことをはっきり記憶している。

安堵している自分に驚いた時こそが、私が母の重みに気がついた瞬間だったのだ。

おそらく父と母が老いて私のサポートを必要とした何十年後かに、再び大きな葛藤が訪れるだろう。その時はまた本書を手に取りたいと思っている。



【プロフィール】
臨床心理士、公認心理師、ときどきNPO理事。
読んだ本の蓄積とoutputの練習を兼ねてnoteを書いています。
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