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マインドフルネスな朝食を

きっかけは、1冊の本だった。
本屋さんで平積みされていた、「今」このときに集中する=マインドフルネスを体感するためのワークを紹介した本。ちょうど数日前に、「今」に集中できない自分に気付くきっかけがあったわたしは思わず手に取っていた。

とある朝、晩ごはんの準備を前倒しでしていたときのこと。その日のメニューのハヤシライスを仕込み終わったら、ひと息つこうと思っていたはずなのに、ついでに翌日のお弁当用のフライに衣をつけ始める自分がいた。フライ作りが終わるとお米を研ぎ……こなすべき家事はエンドレスに頭に浮かんでくるし、いつまで経っても休めないわたし。そこでふと、いっつもこんなことしてる自分に気付いた。

例えば、帰ってきてからラクになるように、と前もってごはんの用意をする。今晩の準備が終わっても満足できずに、さらに明日のためにと体が動いていく。もちろん前もって準備すれば後が多少楽にはなる。けれど、ずっと「次」や「先」のことばかり考えてるから、終わりがなくてずっと何かに追われるているような気分が続く。そうして、落ち着かない気持ちと、満たされない達成感を抱えることになっているのではないか、と思い当たった。

「『今』に集中するために普段の生活で重ねるトレーニング」本のコンセプトからして、現状のわたしに必要なこと。その中から早速、着手しやすい朝ごはんに集中するワークを試してみることにする。ルールはとてもシンプル、ごはんを食べること「だけ」に集中するのだ。食べものを口に含んだら、その口に入ったものだけに集中して味わっていく。口の中のものが無くなるまで箸も一旦置き、次に口に運ぶこともしない。そしてもちろん、口だけでなく、目や耳などほかの器官も「食べること」に集中できるように、新聞やスマホを見ながらはご法度だし、咀嚼音に集中すべくBGMも手放してしまう。

炊き込みご飯とお味噌汁、卵焼きに菜花のお浸し、里芋の煮っころがし。普段と同じ、ごく普通の朝ごはんを前に、「いただきます」と手を合わせる。食べること「だけ」に集中する、心に決めてごはんの前に座ると、口に入れる前から静謐な気持ちになるから不思議だ。お味噌汁をひと口、口を湿らせてから炊き込みごはんをひとくち口に含む。咀嚼するたびに、口の中で米のひと粒ひと粒が解けて広がっていくのを感じる。ふむふむ、炊き込みご飯ひとつ、集中して食べると噛むほどに液状化するお米がこれほど甘くなるとは、と感動する。

ごはんを飲み込んでから、続いてお浸しを口に運ぶ。ひと口だけなのに思いきり噛んでしまい、上下の歯同士が必要以上にがりりっと当たるのに気付く。普段から噛みしめ癖があるわたしは食べるときも必要以上の力で咀嚼してるんだなと普段の食べ方を振り返ることになり、いつも頑張ってくれている自分の顎に思わず感謝の気持ちが湧いてくる。お浸しを飲み込み、続いて里芋を口に含む。ねっとりとした芋をモグモグと噛んでいく、なかなか解けないから咀嚼回数が増えるたびに上顎にどんよりとした疲れを感じてくる。あれ、里芋って真面目に向かい合うとこんなにエネルギーがいるものだったんだ。今度は、普段いかにちゃんと噛まずに飲み込んでしまっていたかを気づくことになる。

続いて口にする卵焼き、お味噌汁の具材である白菜……それぞれ一品ずつ口にしていくと、普段は気付かなかった素材の味や歯触りに舌が、口の中全体が研ぎ澄まされていくのが分かる。同時に、この食べものたちが、どれほどの人手やエネルギーを経てわたしの口に入っているのかということに想像力が掻き立てられていく。咀嚼に集中するから、意識が食べることだけになるからこその発想なのだと思う。普段、スマホや新聞を流し見しながら食べているときには、一寸たりとも頭に浮かんでこないことだから。

ひと口ずつ、食べては箸を置く。飲み込んでは再度箸を取り、次の咀嚼に集中する。そんな風に食べていくと、いつもの倍近くの時間がかかった。食べるのに時間をかけたこともあり、普段通りの量でもお腹はいつも以上に満足感を感じる。そして何よりも、これまで経験したことないほど豊かな気持ちで、心の底から「ご馳走さまでした」と空になった食器に手を合わせたくなる。目の前の食事がわたしの血となり肉となる実感、咀嚼行為を頑張ってくれた自分の体を労わる気持ち。すると不思議なほど温かな気持ちの自分がいた。まるで、小春日和の縁側でおばあちゃんと一緒に日向ぼっこしているような気分。体の奥の方から例えようのない幸福感がじわじわと湧いてくるような感覚。

「今」にフォーカスすること。その一つめのトライで朝ごはんを食べること「だけ」に集中してみた結果にわたしが感じたのは、普段感じないほどの癒しや幸福感だった。今の積み重ねが、先の未来を作る。ならば、「今」を幸福感で満たすことが本当に必要なんだろうな。

週に一度でもいい。朝の時間に余裕を作って、ぜひ試してほしい。ひと口ずつ、食べること「だけ」に集中する時間。きっと何かしらの、気付きや幸福感を得られると思う。お金もスキルも要らない、自分に向き合って自身を癒すきっかけとなるはずだから。



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