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小さな背中

「あら、どうしたの?珍しく布団も畳んで」今年で73歳を迎える祖母が、普段は散らかっている万年床の襖を開けて話しかけてくる。

「今日はあれだよ…その…非難梯子の点検があったから…一応部屋片づけないとと思って…」自分でも驚くほどのテンションの低さでしか声が出ない。

ボソボソと喋る私の横に小さく座り、鞄の中から綺麗に畳まれた求人広告が差し出される。

「ここほら、近所だからいいなぁと思って」
祖母は右上に大きく「家電製品製造」と書かれた広告を指さした。私はそれを手に取り、小さく唸りながら何かを考えている風に広告を眺める。

祖母は仕事の話も早々に、「三千円でいいんだっけ?」と財布の中からお札を数えて私に確認してくる。私が外出するための電車賃を寒い中スクーターに乗って届けに来てくれたのだ。

「うん…ありがとう」と覇気のないお礼を伝える。

「いつまでもこんな風にしている訳にはいかないでしょう?早く生活のために仕事探さないとね」祖母はシンプルな問いをいつもの様に伝えてくる。

私は複雑な心境のまま「うん」と答えるしかできない。

「電車賃だけじゃあれでしょう?」祖母は余分に二千円を財布から取り出した。私が「…いいよ」と断りをいれても何かと理由を付けて「おこずかい」を渡してくれる。こんな甲斐のない人間の駄菓子や煙草に消えてしまうのか思うと受け取ることが躊躇われた。

「それじゃあもう行くからね」そう私に告げて、ゆっくりと立ち上がる。祖母は元々小柄な方なのだが、歳を重ねてさらに小さくなったと思う。

私が玄関まで見送りに出ようとすると、「いいよ、いいよ」と軽くあしらわれてしまった。

私の部屋の窓からは祖母がスクーターを転がしている姿が見える。

冬の冷たい空気の中、スクーターに乗った祖母の小さな背中を遠くまで見送った。








おいしいご飯が食べたいです。