金縛りと決闘したお話

 先日、人生で初の金縛りに遭いました。その際の感覚を記録として残しておきます。

 私はワンルームタイプの部屋で暮らしていまして、その晩は弱い雨が降っていました。〆切が迫っている時期でスケジュールが圧してたので、仮眠を取ってすぐに原稿へ戻れるよう、机の上のパソコン(以下PC)は電源を入れっぱなしにしていました。
 部屋の明かりを落とし、最低明度にしたPCのディスプレイの明かりがほのかに光る室内で、私は横になったのです。普段は寝付きがそんなに良くないのですが、この日は数分で眠りに落ちました。

 体感で1時間と少しくらいでしょうか。ふと目が覚めました。まぶたを開くも身体が動きません
 感覚としては神経圧迫により腕や脚が動かなくなったときの、痛みを伴わない状態に近いでしょうか。体を横たえて腕を下にして寝てしまったときの肘から先が痺れて動かない感じとか、腿カンが入って膝から下が痺れて動かない感じとか。共感を得られなそうな例も含めると、私が餓死しそうになった際に感じた、体を動かそうとしても実際に動かすまで数秒単位のラグが発生してしまい自分の体でないような感覚の、動かすことができない状態も近いです。最も近いのは、部分麻酔で手術を受けた際の、動かそうとしても動かせない、神経が繋がってないような感覚です。触れた肌から伝うシーツや体を覆う掛け布団の重み、筋トレ時に感じる自分の肉体そのものの重さなどは明確に感じていたので、感覚神経は仕事をしていました
 そうした体の異常とは別に、胃の入口付近が痛みを訴えていました。これは次に目を覚ましたときには無くなっていたので不明です。

 さて。そんな中、目だけは動かすことができます。当然正気度ロールをしてでも情報を取りにいくわけです。
 部屋の様子は眠ったときとほぼ同じですが、2点異なる部分がありました。1つはデスク上のPCが消灯していたこと。もう1つは雨ゆえに展開していた室内物干しが、吊るされていた洗濯物ごと片付けられていたことでした。
 そのため視界を遮る物が無く、私はベッドから入口扉を見ることができました。

 閉じた扉の中央からにじみ出るようにして、人のような形をした黒い影のような、液体のような何かが部屋に入って来ました。頭部と思しき部分には、更に黒く落ちくぼんだ眼窩のような部分が2つあり、それが真っ直ぐ、動けない私を見詰めています。ずるり、ずるりと足(?)を引きずるように移動するそれは身の丈190cmほどの高さで、私を見下ろしながら近付いてきます。
 待ち受ける私は驚きと恐怖を感じましたが、殺意のような尖った感情をそれから感じませんでした。
 他者から向けられる感情、特に視線に乗せられた感情に私は敏感で、敵意や殺意のような尖ったもの、疑念や嫉妬のような粘性のものはよく分かります。ドが付くブラック企業に勤めていた際、帰路に就いた27時、自転車の上で背後からドロリとした視線を感じ振り向いたらパトロール中の警官で、私は安心して前を向き直ったのですが、その警官に行動が不審だということで職務質問を受けたこともあります。
 幽霊か妖怪の類かとも思って緊張したのですが、そうした害意を感じないことから、それを観察する余裕が生まれたのです。
「ごめんな。散らかってて歩きにくい床でごめんな」
そんなことを思いながら見ていたのですが、とうとうそれは私の傍に立ち、身をかがめるようにして見詰めてきました。

 そこで気付きます。
「あれ?こうして見下ろすためにコイツは洗濯物片付けてくれたんか?」

 座敷童でもそんな実益あるムーヴしないだろうと思っていると、これまで読んだ本の情報から入眠時幻覚の話を思い出しました。
 なるほど。これは覚醒している私に外的な何かが作用して陥らせている状況ではなく、半覚醒半睡眠状態の私の脳が勝手に見せている映像の可能性が高い。と、なれば、それを自覚した今、この状況は明晰夢と同じ状態ではなかろうか。
 そう考えたわけです。
 明晰夢とは、「自分が今夢の中にいる」と自覚できる夢のことで、内容を記憶しているケースも多く、夢の中でも自分の意思に沿って行動が可能な夢であるとされています。私も年に1~3回ほど見ます。明晰夢の中で自らの体を動かす際、動かす感覚が覚醒の世とは少し異なり(個人の感想です)、「動かそうとする」よりも「動いたのを観測する」方が円滑に進むようです。

 得てして今回も、そんな感覚でいると、右手の指が動きました。こぶしを握り、持ち上げ、お客さんに少し離れるようジェスチャーしてから身を起こしました。
 どぽりとした質感の客が正座し、私との間に30~40cmの間を開けたのを見て、礼儀正しいやっちゃなと感心しつつ、明晰夢が確定して好き放題できると知覚した私は、自室に本来あるはずの無いアイテムを2つ枕元の台から手に取り、片方を客人(?)に渡しました。
「デュエルしようぜ!」
少年期に兄弟や近所の友人と遊んだ遊戯王カードのデッキです。受け取った客人(?)は声を発しませんでしたが、目が輝いた気がしました。
 先攻後攻を決めるジャンケンで、私がパー、客人(?)がチョキを出したのですが、それまで体の輪郭がぼやけていたのに、そのチョキだけはっきりくっきり明確だったので笑ってしまいました。そうして十数年ぶりの決闘(デュエル)が始まると、私は本格的に眠りの世に沈んでいきました。

 目が覚めます。外はまだ暗く、PCは点きっぱなしで、洗濯物もそのまま。時計は横になったときから3時間ほど進んでいました。カードゲームの展開は覚えていませんが、これは記録に残しておこうと思ったのでした。
 ホラー感はありませんが、これが2020年の夏に私が初めて体験した金縛りの記録です。

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