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少年期 ⑥

 面と向かって話すと、信じてもらえないどころか以降の信用を失いかねないな、と感じて公言してこなかった体験談を、この際残してしまおうと考え、書くことにしました。少年期のお話です。

縁日

 中学の入学から、順にイベントを記していきます。まずは、故郷で毎年初夏に行われる縁日での出来事です。

 私の生まれた町は静岡県の自治体でした。とある神社を中心に栄えた門前町に周囲の農村が吸収される形で成り立ち、平安時代末期から記述のある古い町です。鎌倉武士に所縁があり、初夏の縁日もそのひとつでした。
 縁日の中心イベントは神社が仕切り、無形文化財を残そうとしている団体や地域の学生が主だって参加し、多くの見物客が押し寄せます。が、それは地元の少年少女にとっては毎年目にするものなので、毎回目まぐるしく変わる屋台の方が魅力的に見えるのでした。屋台は地元の権力者(とされるヤのつく自由業の方)が取り仕切ります。ですので、客の動線を作る名物屋台は固定位置を得、指の無いお兄さんや妙齢の御婦人が良い位置に入り、空いた場所にあまり見ない人達が並んでいくのでした。
 自由業の方々ですが、関東で大きく動き過ぎた方への追手が箱根の関を超えるとかからなくなるらしく、そうした一匹狼を匿い吸収していったのが我が故郷の組なんだとか。故に覚悟の決まっている人が多く、武闘派だなんだと言われていました。夜中に花火やってる非常識なのがいるな、と思ったら発砲音だった、なんてこともしばしばでした。
 そんな土地柄なので、グレた若者がどうなるかと言うと、染めた髪にパーマをかけて、下はダボダボのズボンで上はサラシを巻き、膝下まである長い特攻服を着て改造バイクに跨り爆音を響かせるのでした。2000年代で埼玉紅蠍隊みたいな恰好が見れたのは貴重だったと思います。

 私の中学は2つの小学校の学区が合わさり、見知った顔とそうでないのが6:4くらいの割合でした。新たな仲間も加わり、親に首輪を付けられずとも祭に行けるとなって、私達は友人グループで繰り出したのです。
 2~4名ほどのグループで屋台を回っていたのですが、同じようなグループに出くわす出くわす。すれ違いざまに美味しいものの情報を交換して、バイバイ。そうして神社の敷地を何周もするのでした。

 そんな折、遠目に友人のPくんを見付けます。Pくんは髪に強烈な天然パーマがかかっており、髪が生えてすぐにくるりと上を向き、天に向けて伸びていきます。それが一定の量になると、自重に負けて前へと倒れてくるのです。このときの髪も正にそれで、ジョジョの東方仗助みたいなスタイルでした。だから遠くからでもすぐに分かったんですね。
 少しして、彼と仲の良かった級友と出くわしました。彼らはほうほうのていでした。
「Pが……Pがトップクの兄ちゃんらに……!!」
一気に下がる体温。同行していたDも真剣な表情でした。
「分かった。一番デカい焼き鳥の屋台でヤン先生が飲んでたから、そっちへ走って」
「お前らは?」
「Pの様子を見てくる。危なそうなら、テキトーに騒いで見つかりやすくしとくよ」
そうして神社の一角、小さな林になっている暗がりへ足を向けたのでした。
 助けを呼びに行った級友が教えてくれたそこは、夕暮れを迎えて濃い闇に沈んでいました。私はその脇を流れる水路をスパイダーウォークの要領で伝い、更に深い闇に紛れて接近しました。道中で棍棒として使えそうな木の枝を3本ほど拾い、身を隠す木に立てかけます。
 屋台から漏れる光で足元だけがチラチラと照らされる広場に、白い長ラン姿の青年が6人。1人の中学生を囲んでいました。長ランの1人が何やらPに言葉を投げていますが、緊張し切ったPは頷いたり首を横に振ったり、時折短く答えるだけでした。
 尋問(?)係は徐々にボルテージを上げていきますが、周囲の仲間はそれを見て笑うだけ。私はそっとカバンから飲みかけのペットボトルを取り出し、右手にぶら下げました。
 ついにキレた様子の尋問(?)係が拳を振り上げます。右拳が、振りかぶりから大きな溜めの後、薙ぐようにPの左頬へ向かいました。
 反射的に、Pは中腰から迅速な足運びでバックステップをし、それを躱しました。彼は後にテニスの全国大会へ出場する選手であり、体力テストで4年連続満点を叩き出す(このときは14失点くらいでした)アスリートなのです。
 機を見た私は振り子の要領で腕を振り、誰もいない茂みの中へペットボトルを投げ入れました。ガシャボトと派手な人工音が響き、青年らの視線がそちらへ走ります。
 同時に砂利を踏みしめる音。屋台の陰に控えていたDが飛び込み、Pの腕を掴みました。
「……!!」
腕を引かれ正気に戻るP。走る姿勢を整えダッシュ。傍でウンコ座りで見ていた青年が伸ばす手を切り払い、雑踏へ逃げ込もうと針路を定めます。
 追おうと立ち上がる青年ら。その後頭部めがけて投げ込まんと棍棒を手にし、振りかぶりました。
「まあまあ。チョイ待ち」
その瞬間、逃げるDとPの正面に、ヌッと人が立ちはだかりました。砂利だらけの足場で止まり切れず、Pはその人にぶつかります。
「オレがコイツを知ってるってのはあるんだけどよォ。何があったのか教えてはくれねぇか?」
その人はPが転ばぬよう肩を掴み、彼が無事だと認めるとゆっくりと自分の背後へ誘導しました。
「何だテメェは!?邪魔すんじゃねぇ!!」
殴りかかる尋問係。その右肩をどついて拳を止め、そのまま襟首を掴んだ。
「俺は○○(本名をフルネームで)。コイツらのケツ持ちだ。だからコイツらが何をしたのか教えてくれねぇか?」
逆光で黒光りするその肌、威嚇するように逆立つ髪、低く圧のある声。それは紛れもなくヤン先生でした。
「んな筋合いあるかよッ!覚悟しろよテメッ……」
「どうしたんですか兄貴?」
新たな人物が、尋問係の言葉を遮るようにエントリーしました。広い肩幅、タンクトップから見える胸筋、手ぬぐいを巻いた頭、『やきとり』の刺繍がされた法被。それは祭で一番大きな焼鳥屋台のお兄さんでした。
「いや、なんでもねーよ。まだな」
「そうですか。なら良かった」
顔は真剣なまま、広場の面々をねめ回します。
「俺もあんまり騒ぎたいわけじゃねぇんだ。だからコイツらがそっちを殴ったとか蹴ったとかしるんじゃなけりゃあ、これでお開きにしてもらえねぇか?でないと組のモン呼ばにゃならん」
呼吸を3つほどの時間、2人と6人はにらみ合い、そして青年らの1人が口を開きました。
「やめだ。帰るぞ」
ぞろぞろと立ち上がる青年ら。先生と焼鳥屋のお兄さんは彼らが通る道を譲り、出て行くのを見送ったのでした。
 祭の喧騒が私達の耳に戻ってくると、お兄さんは戻っていき、先生は事情聴取を始めました。
「P。お前アイツらに何かしたか?」
「してません」
「だよな。D、お前も中入ったとき、蹴るとかしたか?」
「蹴ろうとは思いました。けど皆ウンコ座りしてるし逃げきれそうだったんでやめました」
「正解。あんなヤニ臭ぇヤツらじゃお前らと追いかけっこは無理だ。そんで、オイ!」
声を投げられて影から顔を出す私。
「な、なんでしょう?」
「お前がこんなのに首突っ込むとは思ってなかったが……次は、もっと安全な策を執るように。何にせよ、全員無事で良かった」

 この件の翌日、Pは頭を丸め、以降ずっと坊主頭を貫いているのだとか。
 ヤン先生は焼鳥屋のお兄さんを『弟だ』とか言っていたのですが、先生の兄弟は姉1人のみであると知っていた私は『ああ、(舎)弟ですか』と納得したのでした。

行事

 2年次の林間学校、3年次の修学旅行ほどではありませんが、1年次にも宿泊行事がありました。市内の高原にある研修施設での一泊二日です。そこは朝晩の霧が濃く幻想的な土地ですが、少々曰くのある土地でもありました。

 山の天気は変わりやすいので、先生方は晴天時と雨天時で複数のプランを用意していました。土地の曰くに関しては、雨天時に百物語風な催しとして披露する予定だったようなのですが、両日とも快晴が確定的になったため、1日目の午後の合間の時間に、百物語企画の担当をしていた霊能者の先生(担当科目は数学)が、受け持つクラスの生徒らにポツリポツリと語ったようです。ネタの供養ということですね。それが印象的だったためか、そのお話は瞬く間に学年中に散り、尾ひれが付き「この建物には出る!」という認識が広がったのです。
 お話の内容は日本三大仇討ちの1つであり、恨みを抱え続けて生きた兄弟が、この地で親の仇を討った後に斬首された、というもの。研修施設のそばにその兄弟の塚があり、特に仇討ちが行われた夜半には、その近辺を通る者の前に鎧姿の兄弟が現れるのだとか。仇討ちの実行も、その後すぐの処刑も5月のことで、ちょうど研修時期と重なります。そしてこの施設内も、傍と言える距離にあるよね、と結ばれました。

 夕食からの自由時間はそんな話がそこかしこでされていて、そうして私の耳にも入って来ました。
 たわいの無い話をして、大浴場でワイワイやって、4人1組の部屋で床に入りました。やっぱりと言うか、テンションが上がって寝付けないので、トーンを落としておしゃべりを続行。初恋がどうのと話している間に、寝落ちる2人と冴えてしまった2人に分かれました。冴えたのが私と、縁日で出たDでした。
「先生らが言ってた、雨のときの怪談大会って百物語だよな」
「ロウソクも準備してたっぽいし、そうだろうね」
「な。俺らで続きしたら成立すんのかな?」
「えー。どうだろ?そもそもそんな怪談のレパートリー無いよ。頑張っても20くらい?」
「十分あるじゃねーか。俺はホラーっぽいの全然知らねー」
そんなやり取りをしていたときでした。
 ズシンと隣の部屋から地響きのような音。そして小さな悲鳴が続きました。
「D、コレ」
「男ばっかの部屋でセックスはねーだろ。何かあったか」
今なら「万に一つだが無いことは無いだろ」くらい返すのですが、そのときは空気が張り詰めていました。音のした部屋の方から、高音の耳鳴りが徐々に強くなりながらしていました。空調は止めたのに、室温が一段下がったように感じました。
「行ってみようぜ」
Dが体を起こしジャージに袖を通します。
「行って何ができる?」
「それを見付けにいくんだよ」
「一理ある」
私もベッドから身を起こしました。
 隣の部屋の扉が開く音。そしてドタドタと足音が続きました。
「おい、乗り遅れるぞ」
Dが私を呼びながら扉に手をかけました。
「あれ?開かねぇ」
Dの不思議そうな声と同時に、背中にゾクリと視線を感じました。
「待って」
言いながら、Dに背を預けるよう振り向く。薄暗い部屋に動くものは無い。視線が重なることも無い。ですが、何かが私達を見ていました。じっとりとした、恨みを底に抱えた下卑た悦びを孕む視線が這いまわります。
「何?待って。耳鳴りが酷ぇ」
Dにも耳鳴りが聞こえるようで、私は警戒度を上げました。それと目を合わせぬよう視線を下げつつ、寝ている2人をどうするか思索しながら腰を溜めました。
 いくつかの呼吸の後でした。
「戸から離れろ!」
背後の扉から声。強い語調と裏腹に昂った感情を感じないそれは、信に足る覚悟のようなものが乗っていました。
「D!」
「おう」
部屋の隅に転がると、間髪入れず扉が開き、廊下の光が差し込みます。飛び込んできたのは霊能者の先生でした。突然呼吸が楽になり、室温も上昇したように感じました。嫌な視線も失せ、何事も無かったかのような日常が部屋を流れていきます。
「ふぅ。何も無かった?」
「……はい」
「なら、何より」
先生はいつも通りのホクホクした笑顔で廊下を戻っていき、それ以降、その施設内で見えない視線を感じることはありませんでした。寺生まれじゃないのに凄い!私達はそう思ったのでした。

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