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罪深き救世主①


 人類は数千年に渡り家畜と共に暮らし、利用し、管理し、それを糧としてきた。

 あなたは見たことがあるだろうか?

『食肉の製造過程』を。

 これを知った時、私は肉を口にできなくなってしまった。
 テレビなどの動画でみたのではなく、リアルに自分の両眼でその現場を目撃し、その真実を体験したのだ。

 

 "家畜は野生の動物と違って人間が管理して繁殖させているので『悪』ではない"

 ――と言う稚拙な論理を掲げているが、私たちと同じ大地に暮らし、同じ空気と水を共有する動物であることに変わりはない。
 人間に置き換えて想像してみるがいい! その残酷さを――。

 人間に利用されるためだけに生かされている家畜たち、彼らの目を見よ! 彼らの立場を理解していれば、ある種の感情が沸き起こるはずだ。
 同族が犯した罪への懺悔の感情——幾度となく繰り返される後悔と共に頭をもたげる謝罪への欲求。
 同族への憎しみ。
 自分への言い訳……。


       


 深見理一(フカミリイチ)は純粋なベジタリアンである。その徹底ぶりには目を見張るものがある。動物性の食物は乳製品だろうと卵だろうと一切口にしない——というよりできない。

 春先のある日の出来事だった。

「理一! 美味しかった! あの店のラーメン。さすがは噂の名店。ずっと前から食べてみたかったんだ」
 理一の親友であり、会社の同僚である藤原タカシはその味を思い出しながら、ものすごい笑顔である。二十三歳。世渡り上手。会社員向き。顔、スタイル、ファッションセンス、どれも悪くないが、なぜかモテない。

「今日はサンキュウ。でも麺とシナチクしか食べないなんてあり得ないね」
「仕方ないだろう。自分でもどうすることもできないんだから」
「でもさ、ゆで卵は残して、麺に入っている卵は大丈夫なんだ?」
「ラーメンの麺は小麦粉と塩が原料のはずだ……」
「ここの麺は食感に独自性を出すために麺に卵をたくさん使っているんだぜ」
「?! ――」
 理一は急に顔色が悪くなり、喉を押さえている。そして咳き込み始める。アレの数秒前といった様子だ。


「ジョークだよ。ハハハ……」
 この辺が彼のモテない理由かもしれない。
「このヤロー! 恩を仇で返すとはな」
 理一はこみあげてきた麺をなんとか抑え、咳き込みながら鋭い視線を送る。
「ごめんな。悪ふざけしすぎた」
 手を合わせて藤原はすまなそうな顔をする。空気を即座に察知することには長けているらしい。超逆KYとでも言うべきか。

「それにしてもさ。なんでお前はそんなにも徹底したベジタリアンなんだ? まさか実家が厳しい禅寺とか? ハハハ……」
 藤原の素朴な疑問に理一は語り始める。その瞳の奥には暗い炎がくすぶっている。

「これは呪いなんだよ。信じるか?」

「なんだよ? 呪いって」
「オカルト的な単語を嫌うなら催眠と言い換えてもいい」
「? ……」
「少しはお前に話したことがあるかもしれない。子供の頃に屠殺現場を見たことがトラウマだって」
「ああ、それは知ってるぜ。でもそれって呪いとは違う……」
「目が合ったんだ。死にゆく動物の目と。恨みのこもった目とね。ずっと見続けていた。凍りついてしばらく動けなかった」
「子供にはショックだよな」
 
「タカシ。俺は、屠殺現場で働いていて直接屠殺に関わる工程に携わる人にずっと興味を抱き続けて来たんだ」
「…………」
「最近わかったことだが、長続きする人がいないんだ」
「まあ、そうだろうな。慣れるというにはちょっとな」
「嫌になってやめる人がほとんどだと言われるが、実は違う」
「……」
「突然死で亡くなる人が異常に多いんだ」
「ん?!」
「この突然死は初めて屠殺現場に立ち会ってから、ちょうど十二年後に訪れるのがほとんどだ」
「おいおい、それって」
「タカシをからかうつもりはない。俺は事実を言っている」
「……」
「まだ二十四例だが、共通する特徴があるんだ」
「……」
「始めた年が『いのしし年』。両親と祖父母がすべて健在」
「ってよく調べたな」
「ああ、そしてなぁ……すべての人がベジタリアンだったんだ」
「……おまえ、それに当てはまっているのか?」

「ああ、残念なことにな。そして、ちょうど今年は十二年目なんだ」



(つづく)


※続編もすべてCOOKPADに掲載した私のごはん日記から転載してます。なお画像は『空想片恋枕草子<初回限定盤>』空想委員会(Official Website|http://kusoiinkai.com)のEPジャケットより。


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