地獄の映画学校時代についての話①
時には昔の話をしようか。
紅の豚の主題歌はこんな歌詞から始まる。
僕はジブリの映画で紅の豚が一番か二番に好きだ。
その理由は、過ぎ去って帰ってこない時間への郷愁があるから。
なんて書いたらそれっぽいけど単純にあの作品世界の雰囲気が好きなだけだ。
紅の豚好きが高じて、僕は映画の専門学校に入った。
なんていうのは嘘だ。
でも映画学校に入っていたのは本当だ。
というわけで、時には昔の話をしようか。
子供の頃、僕はウルトラマンに憧れた。
こんなのよくある話。
でもちょっと違う。
僕はウルトラマンになるのではなく、ウルトラマンを作ることに憧れていた。
ウンと小さい頃からそうだった。
将来の夢ってやつだ。
小学生の頃、特撮の業界がこの世界に存在することに気付いた。
ウルトラマンは人間の大人たちが作っている。
その大人たちが働く会社がある。
じゃあ自分もその会社に入る。
それが僕の夢だった。
ウルトラマンを作る会社で働くのだ。
高校卒業後、僕は映画の専門学校に進学した。
進学という言葉は相応しくないかもしれない。
何となく受けて、何となく受かっただけだからだ。
筆記があったかは憶えていない。
面接はあった。
4人くらいの講師を前に、志望理由を答えた。
「自分の作品を作る仕事がしたいからです」
僕の答えに、面接官は首を傾げた。
好きな映画を訊かれた。
「アルマゲドンです」
面接官は苦笑した。
本当にやっていける?
面接官に訊かれた。
「はい、大丈夫だと思います!」
なんか軽いなぁ、大丈夫かなぁ。
面接官に言われた。
面接は手応えゼロで終わった。
次に集団でのセッションが行われた。
受験生4人くらいで輪になって、自由に話しなさいという内容だった。
僕は周りの話に相槌を打ってニコニコしてるだけだった。
試験が終わった。
会場を出て帰宅する時、僕は思った。
もしかしたら落ちたかもしれない。
結果、受かった。
僕の映画学校生としての生活が始まった。
外見が比較的真面目そうに見えるらしい。
小学から高校に至るまで、教師からしっかり者みたいに思われることが多かった。
でも実際のところ僕はかなりズボラで適当な人間だ。
専門の入学式には30分ジャスト遅刻している。
大教室みたいなところに入ったら大人が話していた。
しばらくして一枚の紙きれが配られた。
いくつかアンケートがある。
『どんな映画を撮りたいと思いますか?』
という質問がその中にあった。
いくら考えても何も浮かばない。
僕は殴り書きで、
「色鮮やかで綺麗な映画を作りたい」
と書いた。
我ながら酷く醜い答えだと感じた。
入学式が終わって教室に振り分けられた。
初めて入る映画学校の教室。
高校の教室の半分程度の小部屋だった。
壁に据え付けのホワイトボード。細長い白テーブル。生徒はそのテーブルを囲んで座る。
授業中お互いの顔を見合わせながら進める形式だった。
クラスメイトは20人くらい。
同じ年齢と年上とでちょうど半々くらいだった。
最年長は26歳。
別のクラスには40代のおじさんもいた。
見知らぬ男女が小さな教室に座っていた。
静かな空間だった。
時折、何人かが隣同士話している声が出てくる。
想像していたよりはみんな社交性があった。
もっとオタクで根暗ばっかなのかと思っていたけどそうでもなかった。
ただ高校でクラスの中心にいるタイプはさすがに一人もいなかった。
僕は最初に教室に入った瞬間から、なんか嫌だなと感じていた。
高校時代までの友達がいわゆる普通の世界の住人だとすると、映画学校の生徒たちはちょっとイケてない気がした。
自分のことは棚上げするのが人間だ。
朱に交われば赤くなると言う。
僕は朱に交わることを嫌に感じた。
お互いをそれとなく探るような会話が始まる。
君の髪型ええなぁ。
スタジャン似合うね。
映画好きなの?
盛り上がりそうで盛り上がらない会話が室内に響く。
僕はそんな会話を聞きながら、とても面白い話を聞いているかのようにニコニコしたりハハハと笑ったりしていた。
あの時、きっとどの教室でも同じだったと思うけど、全員が全員無意識に自尊心と虚栄心と自意識の強さを発散させていた。
全員が全員、自分のことを才能ある人間に違いないと思い込んでいた。
そうでないはずなどないと感じていた。
やがて担任が入ってきた。
サモハンキンポーみたいなおじさんだった。
職業は専門学校の講師兼脚本家。
自己紹介を順番に済ました。
みんな好きな映画を発表した。
僕は面接で学んでいた。
アルマゲドンと答えてはいけない。
「好きな映画はアメリです」
クラスの年上のお姉さん同級生が吹き出して「かわいい」と言った。
悪くない答えだったのだと僕は手応えを得た。
全員終え、担任が色々話を始めた。
そして最後にひとつだけお前らにお願いがあると言った。
「自分のことを天才だとは思わないでくれ。才能あるやつはここには来ないから」
僕たちは全員心の中で頷いた。
言われなくても理解してる。自分を天才だと思う奴は大したことない。
自分は自分のことを天才だなんて錯覚するほど愚かじゃない。
なぜなら自分には才能があるから。
僕もみんなも、きっとそう思ってた。
一学期。
僕は馴染んでいなかった。
でも上手くやっていた。
大体笑顔でいて、みんなと一緒に行動していた。
授業に関しては落ちこぼれだった。
完全なるポンコツ生徒。
担任とは別に特別講師がひとクラスに一人付く。
僕のクラスには映画監督の講師が付いた。
大柄なおじさんでデカい狸のような風貌だった。
でも顔付きはゴリラだった。
ある授業で、僕はその講師から話を振られた。
学校の創業者である映画監督の代表作といえば何だ?と訊かれたのだ。
有名な監督で、日本映画史にも残る作品。もちろん大昔の作品だ。
入学以降、講師の口からその作品の凄さについては何度も聞いていた。
だから作品名くらいは即答出来て当たり前だった。
でも僕は全く覚えていなかった。
あ〜、う〜、え〜っと、と視線を宙に彷徨わせていると、特別講師に激怒された。
だからダメなんだよ!
と怒鳴られた。
周りに座ってたクラスメイトは口パクで必死に作品名を僕に伝えようとしてくれていた。期待に応えられなかったのが申し訳なかった。
とにかく僕は最初から落ちこぼれだった。
一学期の終盤。
人間研究という実習型授業が始まった。
夏休みに入る前の総仕上げ的な授業である。
第一部最終章みたいなものである。
生徒たちが自由に研究テーマを決め、クラス一丸となって調査、そして発表まで持っていくのだ。
研究対象は人間でなければならない。
誰でもいい。
僕たちは、病院でクラウンの格好をして入院者を楽しませるクニリクラウンという職業に就いている女性を取材対象に選んだ。
長時間のインタビューと密着取材。
写真を撮ってスライドショーにして、音響を付け足す。
ナレーションも付与する。
完成したものを学年全体の前で発表する。
このカリキュラムは過酷だった。
週7日、学校に行って作業を続けた。
それを数週間。
家に帰るのは深夜。
本当に、眠かった。
大詰めになると、クラスメイトの家に泊まり込んで作業をした。
納期に間に合わなそうで、徹夜作業もしていた。
発表前夜も、クラスメイトの自宅でスライドの写真と音響のタイミングを決める作業をするはずだった。
ところが僕は終電を逃し、クラスメイトの家に向かうことが出来ない事態に陥った。
故意ではなく、自宅を出るべき時間を間違えたのだ。
本当に故意ではなかった。
ズボラでだらしなく、つめが甘い。
結局作業をクラスメイトに任せきりで当日を迎えることになった。
そして本番。
僕は寝坊した。
起きて時計を見た瞬間、現実にこんなことが起きるのかと感心してしまったくらいである。
何せ既に発表会は始まっている時間だったのだ。
クラスメイトの一人から電話が掛かってきた。
今どこにおるん?
すみません今起きました。
ふぅん。
すぐ向かいます。
分かった。
冷たく電話は切られた。
当たり前である。
学校に着いた。
すみません!
到着早々、大声で謝った。
冷ややかな視線が向けられる。
大急ぎで準備して、発表を迎えた。
周りが頑張ってくれたお陰で、発表自体は大成功に終わった。
生徒からも講師からも評判が良かった。
みんなが達成感と解放感に溢れて喜んでいる。
なんと僕にまで、お疲れ!と声を掛けてくる。
いや、本当すみませんでした。
僕は謝る。
もうええって、終わりよければ全て良しや。
僕は周りの寛大さによって赦された。
教室で打ち上げが行われた。
スーパーで買った酒につまみ。
講師が皆を労う。
僕に目を向ける。
辛いことからは逃げないでくれ。
僕は当然何も言い返せない。
一学期が終わろうとしていた。
いよいよ夏休み。
映画学校ではあるものの、一学期に関しては映画製作授業は一回も無かった。
人間研究実習で疲れ切っていた僕は、夏休みを待ちわびていた。
夏休みが楽しみ、というよりも、やっと休める、といった気持ち。
人間研究実習が終わり一段落。
そんな日々が数週間続く教室。
授業。
講師が次の実習について口を開く。
夏休みを迎えるにあたって、お前たちに宿題を出す。
『夏季休暇中に120ページの脚本を書け』
ようやく(いかにも)映画学校らしい課題が始まる。
ーー長くなったので②に続きます
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