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韓国語圏フィールドワークの世界

髙木丈也(慶應義塾大学 総合政策学部専任講師)

第1回 学生との韓国フィールドワーク

約3年ぶりにこのコラムを担当することになりました。慶應義塾大学 総合政策学部の髙木丈也と申します。私は普段、韓国語や韓国語圏の社会について研究をしながら、大学で韓国語を教えています。でも、大学教員が実際にどのように教育や研究をしているのかは、多くの方にとって見えにくい部分もあると思います。

そこで今回から4回にわたってお送りするこのコラムでは、私の教育・研究のごく一部分をご紹介してみようと思います。韓国語や言語学習、海外事情に興味がある皆さんに何かしら共感していただけるような内容を目指しますので、どうかよろしくお付き合いください。

韓国語の世界へ

私は韓国語(圏)を対象とした社会言語学を専門としています。言語学者というと、研究室で日々、文献や辞書、コーパス(言語データベース)と格闘しているというイメージが強いかもしれませんが、私の場合は、それよりは言語が使われる現場(つまり社会)に出て、言葉に関わる様々な現象を観察することを研究活動の中心に据えています

実は、それは教育においても同じだと考えています。キャンパスで週4コマ開講される韓国語のインテンシブコースを1年ほど受講した学生には、韓国で行われる言語研修やフィールドワークのプログラムに積極的に参加するように勧めています。

2024年3月には実際に学生とソウル首都圏でフィールドワークをしてきました。行く前には約5時間×3日間の事前学習を行いました。単なる観光旅行ではないので、専門書や文献をしっかり読み込み、訪問先でどのような視点でフィールドワークをするのかを明確にします(ここでしっかりブレインストーミング・問題設定をしておくことで、フィールドワークの質が格段に上がるのです)。

今回は、「伝統・歴史の保存と教育」「多文化共生への取り組み」「韓流への現在地と観光立国化」をテーマに掲げました。そして、参加者とは西大門刑務所歴史館、京畿道 安山市議会、HiKR Ground(韓国観光公社ソウルセンター)・・・など様々な場所を訪問したのですが、ここではグループごとに行ったフィールドワークの中からいくつか面白いものをご紹介します。

▲京畿道 安山市議会を訪問。

(1)冷麺グループ
韓国料理の代表選手、冷麺。朝鮮半島の北部が発祥であるとされるが、どのようにして韓国に入ってきたのか。そして、それは時代を経て、韓国内でどのように継承され、変容してきたのか。食文化関連の博物館や多様な冷麺店を訪問するほか、越南者(北朝鮮からの移住者)の飲食店も訪問し、冷麺の「今」を調査する。

(2)誤表記グループ
海外の観光地では看板や標識の誤表記をよく見かけるが、韓国の場合はどうなのだろうか。実際に街を歩いてどのような場所に、どのような誤表記があるのかを調査したうえで、なぜそうした表記が生じるのか(生じないのか)を考察する。また、観光客へのインタビューを通して、具体的に不便な点はなかったかを調査し、改善への方策を探る。

(3)屋台グループ
韓国といえば屋台をイメージする人が多い。活気あふれる市場に立ち並ぶ屋台は地元の人々の生活の場として重要な位置を占める。しかし、大型店舗やチェーン店の台頭により市場・屋台の危機が叫ばれて久しい。これを克服するためにどのような施策を講じているのかを屋台訪問や運営者へのインタビューから解明する。さらには「インバウンド」との関係も探る。

▲冷麺


▲誤表記


▲市場

紙幅の関係で具体的な例や結論までご紹介できないのが本当に残念です!
でも、どのグループも実にユニークな調査・分析を展開してくれたことだけは、書いておきますね。

フィールドワークをすることの意味

今回のフィールドワークを実施するにあたって、私が学生に掲げた目標は次のようなものでした。

・日韓、あるいは第三国で発表された文献の中から必要なものを適切に取捨選択し、その内容を正確、かつ深層的に理解する

・独自のリサーチクエスチョン、フィールドワークを設計したうえで、実際に自ら「歩き、見て、聞く」。

・フィールドワークの結果を適切に整理し、議論するとともに、最終的には自己の言葉で正確にまとめる。

もちろん韓国でのフィールドワークは原則、韓国語で行われます。キャンパスでは私はもっぱら韓国語教師、卒業研究の指導教員として学生たちと関わってますが、フィールドの中では、異国の地で迷いながらも逞しく動き回る彼らの「水先案内人」としての役割に徹することになります。

実際に一連のフィールドワークを通して、学生たちは試行錯誤をしながらも、本を読むだけでは決して得ることができない、韓国の生きた姿を自らの目で観察し、自分の中に位置づけることができたようです。また、教室で学んだ韓国語を使うことの楽しさや意義についても各自の中で少なからぬ深まりをみせたように思います。

昨今、AIなどの人工知能が進化し、我々が言語を学ぶことの意義はともすれば希薄になりつつあります。しかし、このようなフィールドワークを実施すると、やはり言語はその使い手である「ヒト」があってはじめて存在できるものであり、その現場や人々の息遣いを感じることが何より大切なのだと感じずにはいられません。まだまだ言葉を学ぶ意味は、存在するのだと私自身が勇気づけられるフィールドワークでもありました。

・・・と、書いているうちに字数を超えてしまいました。次回からは私が行っているフィールドワークについてご紹介したいと思います。お楽しみに!

記事を書いた人:髙木丈也(たかぎ・たけや)
慶應義塾大学 総合政策学部 専任講師。東京大学大学院 人文社会系研究科 博士課程修了(博士(文学))。専門は韓国語学、方言学、談話分析。著書に『そこまで知ってる!?ネイティブも驚く韓国語表現300』(単著、アルク)、『日本語と朝鮮語の談話における文末形式と機能の関係―中途終了発話文の出現を中心に―』(単著、三元社)、『中国朝鮮族の言語使用と意識』(単著、くろしお出版)、『ハングル ハングルⅠ・Ⅱ』(共著、朝日出版社)など。2019年4月より『まいにちハングル講座』(NHK出版)に「目指せ、ハングル検定!~合格への道~」を連載中。


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