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壱岐団地

 曇り空。何やら怪しい天気である。土曜日の午前は掃除と洗濯をすると、いつも決めている。作業をこなしながら、俺は今日のスケジュールを考えていた。そうだ。以前フォロワーにオススメされた壱岐団地に行こう。毎回このようにいきあたりばったりの行動であるが、ふんぎりがつくと清々しいものだ。俺は天神地下街から七隈線の電車に乗り、橋本駅に向かった。時間にして約30分ほどである。

七隈線の近未来な風景。始めから終点まで30分もこの地下鉄を走るというのだから驚かされる。

 橋本駅。辺りには木の葉モールというショッピングセンターがある以外、至って平坦な街並みが続いている。田んぼもチラホラとあり、田舎なのか街なのか微妙なところだ。橋本駅に来るのは2度目である。以前は、室住団地という団地を見学しに近くを散策したことがある。そのときTwitterに写真をアップした際、フォロワーが壱岐団地の存在を教えてくれたのだ。それにしても、インターネットとは本当に偉大なものだ。福岡に来るのは初めてだというのに、顔も名前も知らぬフォロワーのおかげで、立体的にこの土地の事情が感じられる。恐らくネットが無ければ人生はもっとつまらなく、また俺自身もそれほど旅好きにならなかったのではないか。話の脱線はとにかく、そのフォロワーが言うには、壱岐団地は団地マニア必見のエリアであるらしい。

 田んぼがある道を抜け、グーグルマップが指し示す壱岐団地の名称へ歩を早める。閑静な住宅街が続く。途中、見かけたのが「橋本ニュータウン」の文字である。ここはニュータウンか。確かに七隈線で30分揺られれば天神に着けるというのならば、アクセスとしては絶好だが、イマイチ活気があるようには見えない。高度経済成長期に全角各地で雨後の筍のように誕生したニュータウンの現状を思いやると、自然に橋本の街の今後も偲んでしまう。俺が勝手なことをあれこれ思っていると、変わった住宅群が目に入る。

閑静なニコイチ住宅。どこかレトロフューチャーな世界観を思わせるのは俺だけか。

 ニコイチ住宅の群れ。改良住宅についての事情は聞きかじったことがあるので、これほど近くで目の当たりにしてやや面食らったが、それ以外は至って閑静な住宅街といったイメージであった。庭付きで、バルコニーもあって、なかなかモダンな風情にも感じる。窓から覗くと、おじいちゃんが1人で椅子に腰掛け、テレビを見ているのが見えた。

 やや人通りの多い道路を越えると、そこがお目当ての壱岐団地のエリアであった。ふと雨の匂いがした。空には曇り模様の雲がモクモクと迫ってきていて、団地の錆びた鉄格子が湿気た空気に呼応してますます軋むようである。ベランダには洗濯物やカラス避けのCDが垂れ下がっており、住民たちの生活が感じられる。建て壊しが決まっているようだが、まだ随分と人が住んでいるらしい。
 

壱岐団地。全体的に錆びた印象だ。

 無機質な箱が何棟も立ち並ぶ様。以前の記事でも触れたが、いつ見ても圧巻なものだ。

 細道に入ると、何やら古びたな張り紙があった。
「ここはあいさつ道路です。おはよう こんにちは こんばんは」
至ってマトモなことが書いてあるが、経年劣化でところどころ文字がかすみ、不気味な迫力を感じる。

昭和を感じさせる古びた張り紙。団地の大人たちが一丸となって子供の育成を見守っていた時代が確かにあったのだ…。

近くには集会所があった。以前室住団地で聞いたところ、集会所利用には料金がかかるというが、使われている様子は無さそうである。これも昭和の時代の遺物なのだろうか。

団地あるある給水塔。なかなかカッコいいタワーなので目を引く。

団地エリアを通り抜けて戻る途中にあった落書き。

 団地を歩くと、コミュニティというものに対して常に考えざるを得ない。厳密に言うと、俺の場合、あまり物を突き詰めて考えるのが得意ではないので「考えざるを得ないな〜」と言っているだけなのだが、それでも、同じエリアにいる者同士で集まれる、遊べる、そんな場所が沢山ある団地を見ていると、繋がりが崩壊しつつある平成世代としてはやや信じられないような、そんな心地がするのである。団地はこれからどうなるのだろう。コミュニティはこれからどうなるのだろう。俺は壱岐団地を跡にした。

 歩き疲れたので、どこかで足を休めることにした。団地前にある人通りの多い道路に、ひとつだけ箸休めにちょうど良さそうな喫茶店があった。

なかなか綺麗な店内

 カレーライスが600円弱とお手頃な値段である(喫茶店にしては)。こういったところのカレーライスやチャーハンは無性に食べたくなるものたま。そしてまた、たまに食べたくなるという味をしている。
 店内は中々綺麗だった。古びた喫茶店で注意しなければならないのが、純喫茶と銘打っておきながら、例えば埃が被っているような…ただ古くて不衛生なだけの喫茶店があることだ。そんな店に入ってしまうと、背中が痒くなるようでしょうがなくなる(例えば虫が沢山住んでいるお爺ちゃん家の油断の出来ないあの感じよ)。その点、この店は机もカップもピカピカで、パーテーションまである気の使いようだ。コーヒーは400円。ビールも飲んでしまおうと思ったが、酔っ払って電車に揺られるのはあまり好きではないのでやめておいた。

壱岐団地

 橋本駅から電車に乗る。電車に揺られていると、高校時代に嫌いだった教師を突然思い出して、少し動悸が早くなった。

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