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盲点を突かれる

生まれてから半世紀もたってからの大学進学で、まあそこそこ大変だろうなと想像していたのは、記憶力だとか、体力だとか、デジタルネイティブ世代にどこまでついていけるかだとか。あとはホルモンバランスが盛大に乱れる年齢でもあるので、今のところは目立ったことはないものの、それに伴うメンタルや体調の不安定化だとか、だったのですが、今、なによりも打撃を受けているのが「目」。

とにかく目が辛い。これは盲点でした(目だけに!)。

まあロックダウンのころに、1日中何をするわけでもなくずっとネット上をうろうろしていて、夜になると眼精疲労を感じていたのも、その始まりだったのかもしれませんが、なにしろもともと視力が良くて、目には無頓着だったので、薄々年には逆らえないと思いながらも、気づかないふり。

そして、チェロのグループレッスンを受けていた今年の始め頃、楽譜を見ていてよくGとFを見間違えたり、どこを弾いているのかわからなくなったりすることが頻繁にあって、流石にこれは困ったと、ハイストリートのめがねやさんで本を読むくらいの距離用と楽譜台の距離用のめがねを作ったのでした。

結局そのすぐ後にグループレッスンは辞めてしまい、本を読むよりラップトップで調べ物をしていることのほうが多くて、めがねを使うこともそんなになかったのですが、大学の授業が始まってすぐに、まさかのめがね生活が始まったのでした。

なにしろ、ノートはiPadだし、読まなきゃいけないe文献はいっぱいあるし、時間割も連絡事項もなにもかもデジタル化されているので、1日中なんかしらのスクリーンを見ている状態。そりゃ目もやってらんないよね。そうでなくてもあやしい集中力が、めがねなしではゼロになってしまうので、もはや必須アイテムとなってしまったのでした。

英語の壁の前に身体機能の衰えにぶち当たるとは思ってもみなかったのですが、よく考えれば、ひと昔前だったら私の祖父母の時代だったらすでに定年までカウントダウンの年齢だし、医療や食料供給をはじめとしたあらゆる方面での進化によって寿命は伸びているとはいえ、生物としての人間の身体はそこまでスピードでは進化していないわけで、当然といえば当然なのよね。

人生100年時代をサバイバルするのもなかなかな修行だな、と思うのでした。


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