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海外ツアー通信 その4 eSIMと台詞

今回のツアーでいよいよ実感したのは海外で通信環境が悪くて困るということも今後なくなるんじゃないか、ということでした。世界100カ国以上を旅したイモトさんが、最近はどんな僻地に行っても現地の人がスマホを使っている、と言っていたインタビューを読んだことがありましたが、われわれもスマホを手にした人類の一員として、Wi-Fiさえ通じれば自らの端末を駆使し、目的地までの交通手段を調べ、スーパーやコンビニの位置を検索するようになりました。

さて、劇場とホテル、空港や大きな駅ではWi-Fiがあるはずだから、そして基本的にはそれ以外の場所に行くことはほとんどないのだから…と、たかを括ってなんの準備もせずに出発した私。今回思い上がりが祟って、割と不便な思いをしたのですが、そんなときはメンバーがeSIMで購入したギガをテザリングさせてもらって凌いでいました(ありがとう!)。もうポケットWi-Fiを空港で契約していく時代じゃないんだなとしみじみ…。1GBずつ買えるなんて便利すぎやしませんか!?

eSIMすら使いこなし、海外でもなんのその、自由に過ごしている様子の地点俳優陣でしたが、いつもと違っていたのは『ノー・ライト』との格闘がすでに始まっていたということでしょうか。マルチリンガル版として上演するこの作品はひとりの俳優がひとつの言語を担当し、日本語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・ロシア語・英語・韓国語で演じられます。各言語ごとに専門家やネイティブの力を借りてテキストの整理を行い、発音について一通り確認するなど、その闘いはすでに夏ごろから始まっていました。(各先生との音声データのやりとりなどにも、もちろんスマホが大活躍していました)

ツアーの休みの日にテキストを復習している様子や、トランジット中に空港を歩き回りながら台詞を入れている様子、機内で台本を広げている様子が目の端に入る度に、なんて気の遠くなるような作業をしているんだろう、と感慨深く眺めていました。筋トレをコツコツして筋肉をつけるように、少しずつ身体化されていく台詞たち。こんなに便利になった世の中で、個人の努力の積み重ねに頼って成り立つ演劇は紛れもない労働集約型産業です。テクノロジーを享受しつつ、どこかそれに抗った行為に身を浸している。それってやっぱり楽しいから、なのでしょうか。

アルカージナ ……ねえ皆さん、こうしてごいっしょにいるのもいいし、お話を伺ってるのも楽しいわ。だけど……ホテルの部屋に引っこもって、書き抜きを詰めこむ時のほうが――どんなにましだか知れやしない!
ニーナ (感激して)すばらしいわ! わたし、わかりますわ。

チェーホフ『かもめ』神西清訳

女優ふたりが台詞を覚えているときの充実感について語るシーン。チェーホフに戻ってしまったところで、今回の海外ツアー通信はいったん終わりとします。『ノー・ライト』は日本にいながらにして、外国語が飛び交う稽古場。その様子もまた
お伝えできればと思っています。

2022.10.13 tajima

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