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人新世の「資本論」 斎藤幸平

記念すべき第1回は「新書大賞2021」第一位、大賞受賞作であるこちらの作品を読んで。

はじめに

発売以来話題の書であったため、ずっと読むのをためらっていた。予定調和的な読書に陥りたくなかったからだ。しかしそれ以上に環境問題や解決手段としてのコモンズへの関心が勝り、遅ればせながら手に取った。迫りくる地球規模の問題に対して、どのようなソリューションを提案しているのか読む前から楽しみだった。


読書メモ

 本書では数ある地球規模の課題の中から気候変動とりわけ、二酸化炭素排出による地球温暖化を課題として取り上げいる。その上で資本主義経済システムではその解決は困難であり、資本主義システムに乗っかっている限り、先進国は発展途上国に様々な不を転嫁し、不平等・格差は広がる一方であると指摘している。また昨今のバズワードであるSDGsも結局は資本主義システムの先進国主導であるために根本的な問題を解決できないというのは納得感がある。
 そこに著者が持ち出した解決手段はマルクスだった。ただそれは単純な資本主義から社会主義への転換を迫るものではなく、晩年のマルクスに見られる『脱成長コミュニズム』に活路を見出すものだった。このマルクスの解釈こそが新しい視点であるようだ。マルクス主義や資本主義に対抗する社会主義思想の批判をかわすために、このマルクスの思考の転換やその史料がふんだんに丁寧に紹介されて説得力がある。
 後半は時代を戻し主題である『脱成長コミュニズム』が現代・未来に「持続可能」、「社会的平等」をもたらす可能性を展開している。
その柱となる視点として著者は以下の5つを挙げている。
 ①使用価値経済への転換
 ②労働時間の短縮
 ③画一的な分業の廃止
 ④生産過程の民主化
 ⑤エッセシャル・ワークの重視
最後に、『脱成長コミュニズム』の基礎をなすのは「信頼」「相互扶助」「自治」であることを示す最新事例を載せて、その転換が一部で起きつつあることを示唆して、読者に勇気を与えて本書を締めくくっている。 


思考メモ

 本書が若い日本の哲学者(とはいえ専門は経済思想)から生まれたことがまず面白い。脱資本主義、ポスト資本主義を望む声は世界で様々な形で論じられているが、局所的な動きが多いように感じていたが、晩年のマルクスという「そこ!?」という視点で、人々の思考の変化や熱量に横串を刺してまとめている。マルクスの時代とはだいぶ違う現代社会にあって、人々が帰結として同じような着地点に落ち着くのはなぜか、とはいえ貨幣経済の壁は厚いのでは?と釈然としないところがあるが、それでも読みやすさや新書であることからして、Z世代を味方につけて目下の課題である政府、地方自治体あるいは企業の気候変動対策に対する一つの世論として認知されればよいと思う。
 さて、主題としての『脱成長コミュニズム』についてはユートピア的な着地点であるとは思うが、気持ちとしては大いに賛成だ。個人として何ができるかが難しいと感じるが、このような思想に共感する企業や自治体が少しずつでも増えれば世の中面白くなると思う。ただ資本主義との対立構造ではなく、人々の共感経済として貨幣経済の対抗馬として捉えるべきだと思う。グローバルサウスの声を聞けとあったが、南北差を問題視すること自体が資本主義的な評価軸であって、まだ資本主義から抜けられていないのではと感じる。何をもって公平や平等といえるのか、それは達成可能なものかは分からないが、それでも誰しもが生きる喜びを感じることができる世界はいつか達成すべきものだと思う。
 もう一つ「自治」や「相互扶助」や「信頼」が帰属意識ある集団やコミュニティにおいてのみ成立するとしたら物足りなさを感じる。コミュニティはメンバーを囲い込むためにまた新たな格差を生むのではないかと感じるからだ。時と場合によってはまじわらないという選択肢もあるべきだと思う。それくらい柔軟で薄いつながりがあればよいと思う。


おわりに

 読みながら、読み終えて「すっきり」と「もやもや」が混在した。それでよいと思う。特にもやもやを感じて気にかけながら生活することが大切なんではないかと思う。まだ読んでいない人は是非読んで、もやもやしてほしい。





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