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日本語教師日記169.「あと」という言葉

駆け出しの日本語教師の頃、プライベートレッスンでしたが、「彼」「彼女」を教えようとしてうまくいかなかったことがあります。
「誰々さん」と一度言ったら、そのあとは「誰々さん」に代わる言葉として使うのだ、ということを伝えられればいいのですが、彼・彼女が出てくるのは初心者の早い段階です。
そして、「英語を使ってはいけない」という規則があります。
she, he ですよ、と今なら小さい声で教えてしまうでしょうが、日本語だけで教える決まりのレッスンでしたので、できません。

女性の写真を見せて、「これはリンさんです」と言い、
すぐに「彼女はアメリカ人です」と言うと、
普通は(ああ、彼女=sheね)とわかってくれるのですが、この人は悩む人でした。

「先生、彼女はwoman の意味ですか?」
「いいえ、もう一度聞いてください。
これは、リンさん、です。
かのじょ、は、アメリカ人、です」
(同じことをゆっくり言ってみたという、芸の無さ・・😓)
「かのじょは、this young woman の意味ですか?」
「いいえ、え〜・・・ちょっと待ってください。(他の写真を出し、)
これは、クイーン・エリザベスです」
「あ、わかりました!かのじょは、クイーンという意味ですね?」

とても焦ったのでよく覚えています。
結局英語を使ってしまいました。
日本語教師養成講座で習っているうちには予想もつかないことでした。

翻訳法で教えると、直訳しにくいとか、訳してしまうと元の意味と違ってしまうとか、そういうことはたくさんあるので、注意が必要です。

そして、長くやっていても、今でも教えにくいなと思う言葉や表現がたくさんあります。

一つ挙げますと、「あと」が難しいです。
「あとで」「そのあとで」は初心者もすぐわかってくれます。

でも、会話体で、何か一つ言い終えた後、
「あと、これもお願いします」
「パスポートをチェックしてください。あと、エスタも取っておいてください」
というような言い方がありますね。
この「あと」は、
「今一つのことを、言い終えました。
そのあとで言いたいことですが」でしょうか。
なんとなく違う気がしませんか?
意味としては「それに」「それに加えて」だと思うのですが、
日本語だけでわかってもらおうとすると悩んでしまいます。
私は「話し終わったあとで、もっと言いたいことを思いついた時に使ってください。「それから」の話し言葉だと思ってもいいです」と言ってしまいます。

「あと何人乗れます」のように、数字と助数詞の組み合わせになると、また教えにくいかもしれません。
「今の時点」から、「いっぱいになってしまい、もうそれ以上は入らない状態」までの間に、幾つの、何人の、空きがあるかということがあります。
英語では、数字➕more となります。

タクシー:あと一人乗れるよ。
英語では One more can fit in.
できれば、翻訳は使いたくないところです。
これをニュアンス込みで日本語だけで教えようとするとちょっと悩みますね。私は絵を描くことがあります。
今の時点と、ギリギリいっぱいの時点、その間にある数字だということがわかります。

ただし、
あと五人来る   と
あとで五人来る  は、違いますよね。
どちらも、その五人が今よりも「あとで来る」のは確かですが、
「あとで五人来る」といえば、今ではない、後だ、と、時間のことだけを言っているように感じます。
「あと五人」というと、「今の人数に加えて、追加の、五人」というふうに聞こえないでしょうか。
恥ずかしいですが、まだ悩み中です。幸いにこの違いを聞いて来てくれた人は今までにはいません。

考えてみれば、「あと」、漢字だと「後」「跡」ですが、いろいろな使い方がありますよね。

・あとをついてきた
これは、ある人の背後にいるものがついてくること。

・日本を後にして
日本を、自分の背後に置いた状態で、自分は進んでいきます。

・あとの方
順番で並べた・並んだものの、おしまいに近くなっていく方ですね。
「リストのあとの方に小さく書いてあった」など。

実は、まだまだあります。
長く教えてきて、上級者も多く教えてきてていますが、まだまだ はっとして、
(これ、教えたことがないかも)
・・つまり、「自分でも意識化していないもの」に出くわします。

今でもやっぱり、焦りますが、古狸になっていますので、
「鋭い質問ですね〜」
「よく気がつきましたね。えらい」
などと言いながら、頭の中で忙しく駆け回って、答えを見つけます。

もちろん、見つからないときもあります。
そのときは、駆け出しのときと同じことを言います。

「私の宿題にさせてください。次回わかりやすく説明します」

です。
正直が一番。

何年やっていても、日本語はまだまだ奥が深いですね。

サポートしていただけたら、踊りながら喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。