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人のありのままを受け入れる力:ヴィヴィカ・バンドレルが語るトーベ・ヤンソンと『ムーミン谷の十一月』

   第11回第14回で、『Resa med Tove : en minnesbok om Tove(トーベとの旅:トーベとの思い出の本)』を紹介しました。この本は、トーベ・ヤンソンにかかわりのあった23人が書いた比較的短い文章で構成されており、ヤンソンが亡くなった翌年の2002年に出版されました。


 この本には、スウェーデン語系フィンランド人の舞台演出家、ヴィヴィカ・バンドレル(1917-2004)へのインタビュー記事(1979年発表)が編集されたものが掲載されています。『たのしいムーミン一家』(1950)に登場するトフスランとビフスラン(Tofslan /Vifslan)は当時の二人の仲の良さが反映されたキャラクターで、トーベ・ヤンソンとヴィヴィカの名前(Tove/Vivica)に由来して名づけられています。また映画『TOVE』(2020)では、ヴィヴィカとヤンソンが出会い、共同でムーミンの演劇を作る過程や二人の恋愛関係の一部始終が描かれました。映画の中のヴィヴィカは、恋愛にも仕事にも熱心で、自信に満ち、人生を楽しんでいる女性という印象を受けました。しかし、インタビューではヴィヴィカの繊細で弱い面が垣間見え、そんな彼女が語るヤンソンとの思い出は、ヤンソンの物語を読むうえで新たな視点をもたらしてくれます。今回は、ヴィヴィカが感じたトーベ・ヤンソンの魅力をもとに『ムーミン谷の十一月』について考えてみたいと思います。

 ヴィヴィカは、精神的な面でヤンソンに助けられたエピソードとして、ヤンソンとトゥーリッキ・ピエティラが暮らした島「ハル」を訪れた時のことを回想しています。インタビュー記事には、島から帰る道中でヴィヴィカがヤンソンに書いた手紙が引用されています。当時、ヴィヴィカの母親が病気になり、実家に帰ってくるように連絡を受けていましたが、折り合いの悪い家族がおり、板挟みのような状況だったようです。ヴィヴィカは家族関係の悩みを抱えてヤンソンのもとを訪れ、船から積荷を降ろすように島に苦悩を置いて、自分だけが楽になった訪問だったことを悔いています。

 ヴィヴィカいわく、ヤンソンは知性や才能と同じくらいに人間性がすぐれており、悲しみを抱えた人に対しても不快な様子を見せない人だったので、ヤンソンの前ではしあわせなふりをする必要がありませんでした。もちろん、ヤンソンが人の気持ちを意に介さなかったのではなく、相手のありのままの姿を受け止めることのできる人だったという意味でしょう。「ありのままの自分」を描くことはヤンソンの小説のテーマのひとつにもなっています。

 たとえば、ムーミンの最後の作品『ムーミン谷の十一月』(1970)は、ムーミントロールたちのいないムーミンやしきに集まったスナフキン、ホムサ・トフト、ヘムレンさん、フィリフヨンカ、スクルッタおじさん、ミムラねえさんの6人が共同生活をする物語ですが、登場人物がありのままの自分を受け入れる過程が描かれています。ヘムレンさんは単調な毎日を過ごし、忙しいことを理由にボートに挑戦しない自分に嫌気がさしていました。フィリフヨンカは掃除に追われる日々を送ることが嫌になりました。二人とも自分を変えたくて、かつて訪れたことのある、しあわせの象徴ともいえるムーミン谷にやってきました。妹のミイを探しにやってきたミムラねえさんは、変化を望む二人と真逆で、ありのままの自分に満足しています。
そんな三人の考え方の違いが表れている印象的な会話を紹介します。最初の台詞は、ヘムレンさんです。


「ちょっと奇妙なんだよ。ぼくはときどき、今いっていることや、していること、それから今起きていることなんかが、まえにもそっくり同じようにあった気がするときがあるんだ。ねっ、ぼくのいってること、わかるかな。すべてがそっくり同じみたいなんだよ」
「で、どうしてちがっていなくてはいけないの?」
 ミムラねえさんが聞きました。
「ヘムレンさんは、いつになってもヘムレンさんで、いつだってヘムレンさんには同じことが起きるんだわ。そしてミムラのあたしには、ときどきおそうじをさぼって、飛び出しちゃうことがあるってわけ」
 ミムラねえさんは、ひざをたたいて笑いました。
「あなたは、ずっと同じでいるわけ?」
 フィリフヨンカが、ふしぎそうにたずねました。
「もちろん、そうありたいわね!」
 と、ミムラねえさんは答えました。

      ムーミン全集[新版]『ムーミン谷の十一月』226-227ページ

 ミムラねえさんの言葉は、物語に別の視点を与えています。共同生活を経て、最後にはヘムレンさんもフィリフヨンカも、ムーミン一家には会わずにムーミン谷を去ります。一見、二人はムーミン谷に来る前と変わらず、ボートに乗らないヘムレンさんと掃除をするフィリフヨンカです。しかし、他の誰かになろうとしなくてよいと納得したという意味では、以前の二人とは違います。ヤンソンが他者に向けてきたまなざしは、物語の登場人物たちにも向けられ、彼らは1冊の本を通じてじっくりと自分自身に向き合い、ありのままの自分を受け入れます。

   ヴィヴィカはヤンソンを「日常の生活について考えていること共有する人々の一員」であると語っています。ヤンソンは非凡でありながらも浮世離れした孤高の存在ではなく、誰しも持つようなものの見方や感じ方も持ち合わせており、周囲の人々にとって身近な存在だったのだと思います。『ムーミン谷の十一月』の登場人物たちのあいだには固い友情が生まれるわけではなく、ぎくしゃくしたりぶつかり合ったり、親切心が空回りしたりもしますが、誰かの背中を押したり、自分自身を見つめなおしたりして関係を築いていくところは私たちの日常にも共通点があります。

 ヴィヴィカは言葉では表現できないことを大切にしており、インタビューの中では直接的な表現を避けていました。ヴィヴィカの言葉を念頭に置いて『ムーミン谷の十一月』を読むと、ヴィヴィカが明言しなかったヤンソンの他者に対する優しいまなざしがどのようなものなのか、登場人物の描写によって浮かび上がってきます。物語の中には、作家が経験したことが要素として間接的に、さまざまな表現として潜んでいると思います。伝記や作家にまつわる話と作品を往復して読むことで作家と作品の世界はさらに広がります。


<紹介した本>
Helen Svensson、Resa med Tove: en minnesbok om Tove、Esbo、Schildt、2002.
トーベ・ヤンソン 著、鈴木徹郎 訳『ムーミン谷の十一月』講談社、2020。


著者紹介 / 小林亜佑美(こばやし あゆみ)
秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「日本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。

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