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探索と深化、両利きであること。

ビジネス書は図書館で借りることにしている。ぴんときた本を即座に購入することもあるが、小説と違って、ビジネス書は最初から最後まで読む必要がないと考えているからだ。もちろん、これは!と思った本は読破するし、図書館で返却した後に、あらためて購入することもある。

先日、チョコレートケーキのような図書館に行って(ほんとうにそういう形と色をしているんです)借りてきたビジネス書のなかに、チャールズ・A・オライリーとマイケル・L・タッシュマンの『両利きの経営』があった。

難しいことが書いてあるのかと思ったら、言わんとしていることは驚くほどシンプルだった。「両利き(ambidexterity)」とは、企業経営において「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」の両方ができることである。このふたつのバランスを取って二兎を追う企業は、高いパフォーマンスを発揮できるという。

企業が専門的な領域を深めることに注力し過ぎると、新たなビジネスチャンスを探す機動力が鈍る。サクセストラップ(成功の罠)によって目先の収益にとらわれ、改革に踏み込めなくなる。イノベーションが生まれにくい。このことを多様な事例で検証している。

なるほどなあと腹落ちしたのは、個人の仕事でもそういう場面が思い浮かんだからだ。

専門性が求められる仕事に就くと、特定の領域の知識やスキルを深められる。一方で汎用性がないことからポータブルスキル、いわゆる他の会社に持ち運んで使えるスキルにはなりにくい。その仕事がなくなってしまうと、転職が難しい。融通が利かない。

ただし、あらゆる仕事に手を拡げて探索ばかりしていると、広く浅くなってしまうので「いったいあなたの得意分野は何?」と言われて困ってしまうことになる。何でも屋、雑用係になりかねない。多くの場合において専門性の高い仕事のほうが高単価だから、安価な仕事を量で稼がなければならない。

読書にもいえそうだ。かなり昔になるが、水平読み(Horizontal Reading)と垂直読み(Vertical Reading)という読書のスタイルを編み出したことがあった。

水平読みとは、ジャンル、時代、作家にこだわらず横断的かつ雑多に読むこと。垂直読みは、特定のジャンルや作家を絞り込んで、深掘りしながら読むこと。読書をふたつに分けて読む方針を立てた。つまり「両利きの読書」だ。

現在も両利きの読書をこころがけている。水平読みとしては、哲学、科学、ビジネス書、小説(国内、海外)を手あたり次第に読み、垂直読みとして昨年は吉田篤弘さんの小説、先月ぐらいから昭和の戦前から戦後にかけて広く読まれていた『日本少国民文庫』に焦点を当てている。

そもそも偏屈な人間だから、広い視野を持ちたかった。勉強不足で教養がなさすぎるために、可能な限りたくさんの幅広い読書をして教養を付けたかったのである。同時に、好きな作家の作品をコンプリートしたり、特定の領域を調べつくしたりする楽しさも知った。

そうはいっても、両利きになるのは難しい。どちらが右で、どちらが左なのか分からないが、利き腕つまり得意な方面に偏りがちになる。両利きが優れているのは分かる。しかし、実際にやろうとすると大変だ。

両利きへの道は、たやすくはない。したがって長期的な視点/短期的な視点、主観/客観の面でも「両利き」を意識することが大切だろう。いったい何本腕があるだ?というぐらい、千手観音のようになれば最強だ。

探索の水平的アプローチと、深化の垂直的アプローチのどちらから始めてもよいと思う。掘り進めていくうちに、ぼこっと横穴が開いたりする。偶然かもしれないし必然かもしれないが、穴が開いたほうへ拡げていくうちに、長期的には網目のように知識や実績のトンネルを拡げられる。

掘り進めるときの視野は狭いのだけれど、ときどき穴から出て上空から眺めてみると「ああ、あのあたりには穴が開いていないな」と客観的に検討できる。穴に潜ってばかりいてはいけない。

専門性を深めつつ、汎用的な広い視野を持つことは大切だ。日の当たっている場所、日陰の場所の両方を見ることに意義がある。そうやって陰影とコントラストのある世界を見ることが、立体的な世界の認識につながる。

ところで、鉛筆で文字を書いたり箸を使ったりするとき、両利きは便利そうである。サウスポーに憧れていたが、両利きはさらに素敵だ。

2024.03.21 BW



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