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ワインの勉強~フランス編③:ブルゴーニュ地方・ボージョレ地方 その1

さて、ちょっと間が空いてしまいました。いよいよ難敵、ブルゴーニュ地方アルザス地方・ボージョレ地方編です。正直、現状、この分野で点が取れるとしたら、ブドウ品種のガメイくらい、という何もわからない状態です。

とりあえずブドウ品種くらい抑えておきます。


Chardonney 51%(ボジョレー除くブルゴーニュ地方で)
Aligote


Pinot Noir
Gamey

この間、実は、地図を眺めながら悩んでいました。一体、どういうことなんだろう、と。

ジュール・ゴベール=テュルバン『ワインの世界地図』より

先日、勉強したシャンパーニュ地方の最も南、グラン・クリュがひとつもなかったCote de Barが北に見えます(オレンジ色の部分)。そこにくっついている赤い部分があの有名なシャブリ。で、下に飛んで同じ色の赤い色があって、その下に緑のボージョレがあり、そこはもう下の黄緑、ローヌ地方の北部とくっついています。右(東)を見ると紫のジュラ、左(西)には水色のロワール地方。

ということで、これはどっからどこまでがブルゴーニュなのか、どうやって決まってるの?

ということで悩んでしまい、ついつい他事をしてしまう始末。でも、それだと先に進めないので、

そういうものなんだ。

と納得することにしました。ローヌ川、ロワール川のように、なんとか川の流域とも言えないところが、なんとも切ないところです。

地区も6つ。まずは、飛び地と言いますか、シャンパーニュ地方 Cote de Barのすぐ南、Chablis & Grand Auxerrols。土壌は教本によると「ジュラ期後期のキンメリッジアンの泥灰土。またはチトニアン(以前はポートランディアンと呼ばれ、今でもそう呼ぶ人は多い)の石灰質土壌」とのこと。

下のエリアに飛んで、まずは、Cote 三兄弟。Cote de Nuits(黄金丘陵) , Cote de Beaune , Cote Chalonnaise が続きます。NBCの順ですね。正直、教本の記述にムラがあって、それも覚えにくくしていますね。土壌については、Cote de Nuitsは記載なし。Cote de Beauneは、Cote de Nuitsよりやや若く、主にジュラ紀中期から後期のパトニアン、オックスフォーディアンなどの母岩で形成されている、とのこと。Cote Chalonnaiseは村ごとに土壌の記載があって、こちらに転記は控えます。

続いて、Maconnais 地区。こちらも土壌の記載は無し。ここまでがブルゴーニュですね。

南の最後のエリアがBaujolais地区です。こちらで合計6つになります。この地区の土壌は記述が細かいですよ。「ボージョレは花崗岩土壌といわれるがそれは北部に限られており、南部にはジュラ紀の石灰岩や泥灰岩土壌、火山性土壌や片岩土壌の土地もみられる」とのことで「2018年にユネスコの世界ジオパークに登録されている」とのこと。

以上、北から、

Chablis & Grand Auxerrols(シャブリ&グラン・オーセロワ地区)
Cote de Nuits(コート・ド・ニュイ地区)
Cote de Beaune(コート・ド・ボーヌ地区)
Cote Chalonnaise(コート・シャロネーズ地区)
Maconnais(マコネ地区)
Baujolais(ボージョレ地区)

ということになります。
そしてめんどくさいのが、下記の図ですね。再掲載します。

ブルゴーニュは細かい

ブルゴーニュは、AOCにも地方名、地区名、村名、プルミエクリュ、グランクリュと、5段階もランクがあるのです。シャンパーニュのシンプルさと比較して、5倍難しいということがわかります。

なので、まずは、広域の「地方名A.O.C.」があります。それがなんと7つもある…。

【地方名A.O.C.】
・Bourgogne(赤、ロゼ、白)
  原則:白はシャルドネ、赤はピノ・ノワール
・Bourgogne C'ote D'Or(赤、白)
  規程が厳しい
・Bourgogne Aligote(白)
  アリゴテのみ
・Bourgogne Passe-Tout-Grains(赤、ロゼ)
  ピノ・ノワール30%以上、ガメイ15%以上
・Coteaux Bourguigons(赤、ロゼ、白)
  単一品種もしくはブレンド
・Cremant de Brourgogne(発泡ロゼ、発泡白)
・Bourgogne Mousseux(発泡赤)

歴史ですが、簡単にまとめると、

ローマ人がブドウ栽培を伝える(1C頃?)
修道会とともに普及
 ベーズ修道会
 ベネディクト系クリューニー修道会
 シトー修道会
1005年 カペー朝ブルゴーニュ公支配
1361年 フィリップ1世早世
1363年 フィリップ2世相続、以降、ヴァロア家支配
1395年 フィリップ豪胆公、ガメイを卑しいとする勅令(ボージョレはブルゴーニュ公国の支配下ではなかったので無関係)
1477年 フランス王国に併合
1789年 フランス革命
1804年 ナポレオン民法典で均分相続制→相続のたびにブドウ畑が細分化

ってな感じ。ナポレオンのせいで畑が細かくて覚えるのが大変になったんですねー(違う。)

ちなみに、こちらが、卑しいとされたガメイ。

『ワインブドウ品種基本ブック』より

親がピノ・ノワールで、兄弟がシャルドネということで、そんなに嫌わなくてもいいんじゃないかなーという気もしますが、実がたくさんつくので貴重な感じがしなかった、ということでしょうかね。

「フランス王家を凌ぐ財力と政治力をもつ歴代のブルゴーニュ公は、外交的手段としてワインを活用し、品質向上にも積極的に取り組んだ」という記載もありますが、まあ、そんなこんなで、細かい規定やら付加価値がつきまくりなんでしょうな。

ロマネ・コンティのくだりも、国王ルイ14世の主治医が健康のためにブルゴーニュ・ワインを勧める→ヴェルサイユ宮で流行→コンテ公がルイ15世の寵姫ポンパドール婦人との争奪戦に勝ち、1760年にロマネ・コンティ畑取得、とまあ、正直、どうでもいい話が有名になっていたりします。

さて、なんとなくこの地方の勉強が大変そうだな、ということで、そのボリュームがわかったところで、今回はここまで。次回に続きます。

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