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棚の本:亡き王女のためのパヴァーヌ

韓国人作家のパク・ミンギュが描く、美と愛の相剋。

くまとら便り

『亡き王女のためのパヴァーヌ』は、最近実店舗を終えられた忘日舎で買わなかった本として、記憶に残っています。

読書会に出たいと思い立ち、直前にAmazonで注文したのですが、12月の忙しない時期で、ほとんど読むことができず、結局読書会には参加できませんでした。

2018年、クリスマス間近の時期に、韓国文学&男性作家による恋愛小説という、未踏のジャン()ルの本が、手元に残ったのでした。

本書のタイトルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』は、モーリス・ラヴェル※作曲のピアノ曲です。

冒頭は、雪の降る美しいシーンから始まり、エンタメ産業が盛んな韓国で、ドラマ・映画化できそうなやり取りが続きます。
恋する若い2人と、その2人を繋ぐ親友。父に捨てられる毋。
受験・アルバイト・人生・友情・恋愛・夢を追う男・失われた記憶と時間・・・

展開されるシーンには、いくつもの音楽が散りばめられていて、充実の「サウンドトラック」アルバムができそうです※※。

各シーンで扱われるテーマも音楽も、80年代の若者の恋愛とその後の人生を描く、ドラマや映画の脚本として書かれたかのようなのです。
最終章は、ディレクターズカットならぬ「Writer′s cut」というタイトルが付いていたりします。

ただおそらく、この作品の映像化は困難です。
ーそれは、本作品に登場する女性が「世紀の醜女」だから。

エンタメコンテンツ制作が産業として成立するには、投下された資本を回収し、利益を上げなければならず、さらに今日では、多数のステークホルダーの利害(というか広告スポンサーの意向)を考慮しつつ、(視聴者を巻き込み、炎上を防いで)社会的責任を果たさないといけない、ようです。

映像化するには、「ムービスター」のような美女でなく「ラス・メニーナス」の侍女のような「世紀の醜女」を演じる、生身の人間を探さないといけませんが、一体、誰をキャスティングすればよいでしょう・・・

受けてくれる俳優が見つかっても、先に述べたような難題をもろともせず、経済的成功を収められると信じ、リスクテイクできるでしょうか。
関連グッズやコラボ商品はどうデザインすれば・・・
醜さで、ビジネスしていると叩かれないでしょうか。

パク・ミンギュは、資本主義と外見至上主義(ルッキズム)が残酷に結合した自国で、おそらく実写化不可能な作品を、あえて小説にしたと思うのです。
その意味で、小説の「あり方」が実はとても挑戦的で、パンキッシュだと感じます。

とはいえ、頭でっかちな作品ではなく、若者が、恋愛や家族、生き方について悩み、人間のどうしようもなさを見つめる中で、お金と美が結びついた社会が浮かびあがり、そこでの彼女の絶望・あきらめが、また彼を苦しめるという切ないラブストーリーとなっています。

彼女の「いえ、いいんです」という口ぐせを目にする度に、彼女の生きるこの世界が、確かにある種の生き地獄であることを思い知ります。
パク・ミンギュは、若い女の心の奥の絶望を、どうしてこんなに真に迫って書けるのでしょう※※※。
才能という一言では片付けられない気がします。

2024年冬の終わり、棚主は、容貌を問題と感じにくくなったことにほっと(といいつつシミ取りはしたい)しながら、韓国ドラマを何周も見ていたかつての母と同じように、3度目となる『亡き王女のためのパヴァーヌ』を読み終えたのでした。


ー先日、閉店前の忘日舎に伺いました。読書会のお礼と挨拶を兼ねて。
「またいつか、どこかで」とおっしゃる店主の声に、少しの安堵を覚えました。
パク・ミンギュの新しい小説も、またいつか、どこかで読めるだろうと思っています。

どちらも、ひとつの「ホープ」として。



※ラヴェルは、フランスの印象派作曲家。完璧主義の独身者でした。当時はサティ、ドビュッシーと並ぶ異端者だったようです。
ラヴェルは、晩年は交通事故後に進行した記憶障害や失語の症状に苦しみました(頭部外傷の影響の可能性も指摘されています。)。
自分が作曲した『亡き王女のためのパヴァーヌ』を聞き、「美しい曲だね。これは誰の曲だい?」と尋ねた、という逸話も残されています。


※※ 作品に登場する音楽のメモ
赤鼻のトナカイ
オールド・ラング・サイン
ベイビー・ワンモアタイム(ブリトニー・スピアーズ)
マドンナ
初めてあなたの顔を見たとき(ロバータ・フラック)
ヨーデル
チョー・ヨンピル
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ(ビートルズ)
孤独の旅路
サムシング(ビートルズ)
スモーク・オン・ザ・ウォーター
サマータイム(ジャニス・ジョプリン)
ブラックバード(ビートルズ)
Dark Side of  the moon(ピンク・フロイド)
ケンタッキーの我が家
ミッシェル(ビートルズ)
エルビスプレスリー
親指小僧(ラヴェル)
ストロベリーフィールズ・フォーエバー(ビートルズ)
菩提樹(シューベルト)
鱒(シューベルト)
ビリー・ジーン(マイケル・ジャクソン)
ジムノペティ(サティ)
フリーホイーリン・ボブ・ティラン
くよくよするなよ(ボブ・ディラン)
激しい雨が降る(ボブ・ディラン)
・・・

※※※テッド・チャンの『あなたの人生の物語』というSF短編集を、最近読みました。その中に「顔の美醜についてードキュメンタリー」という作品が収められていましたので、少しご紹介します。
美醜失認処置(審美的反応をしなくなる処置)の導入をめぐり、関係者の様々な意見が、ドキュメンタリーとして記録されていく話です。
若い醜女の心情の吐露はないのですが(作品中でインタビューされなかった/応じなかったとも考えられますが・・・)、肉体の美しさと精神との関係について、非常に多様な視点からの分析がされています。








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