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『しゃべれどもしゃべれども』

 噺家の主人公は、二ツ目。師匠に惚れ込み、追いかけ回して弟子にしてもらった。しかし、最近スランプ気味。

 吃音で悩んでいる幼馴染の従兄弟が、話し方を教えてくれと言う。

 ちょうど、師匠がカルチャーセンターの話し方教室で講師に呼ばれているというので、主人公は従兄弟に足を運ぶように伝える。

 師匠の話は脱線しまくりのいい加減なものだったが、しっかり客を笑わせている。嫌になってしまう主人公。

 しかし、師匠を睨みつけ、あろうことかわざわざ目立つ前方のドアから出て行った女がいた。

 店で従兄弟に話し方教室の話をされていると、隣にいたのは先ほどの黒猫のような女だった。

 従兄弟は吃音などでテニスコーチの職を失いかけていた。黒猫はぶっきらぼうで人と話すのが苦手だという。ここに、主人公の母親がわりの婆ァが連れてきた、方言が元でイジメにあっている小学生の親子と、元野球選手だが、口下手が原因で職を失いそうになっている野球解説者が加わり、主人公は落語教室を開くハメになる。

 とはいえ、落語は覚えるしかないという。四人に覚えさせていく。従兄弟と野球解説者はしどろもどろで話にならないが、黒猫は集中力があり、覚えも早い。小学生は、好きな落語家と好きな噺を見つけ、上方落語で覚えたいという。

 そして、主人公は相変わらず、スランプ気味だ。話は全然受けないし、話すのが怖くなることも度々ある。

 師匠を敵視しており、主人公のことも散々あちこちでこきおろしている、最も主人公が苦手とする白馬という噺家に”文庫”の資料を貸してくれと頼みにいく主人公。このままではいけない、という覚悟が伝わってくる。

 白馬は、落語資料の有名なコレクターだった。白馬の文庫資料を参考にさせてもらいながらも、それだけではなく図書館でも江戸時代の事典や参考資料などを漁り、噺の背景や単語一つ一つをしっかり学んでいく主人公。

 主人公は、白馬からも、師匠からも、師匠を真似するのではなく、お前自身の色を出せ、と言われていた。白馬からは、着物なんか着て、いつまでも古くさい古典落語ばかり話し、おめえみたいなのが落語を滅ぼす、とまで言われる主人公。師匠が好きなんです、昔の八つぁんの世界が好きなんです、浸っていたいんです、と答える主人公。

 主人公の一途さに、なんだかホロリとくる。

 主人公は、落語教室の仲間それぞれの欠点が見えてくるが、その全てが自分自身にそっくりそのまま当てはまる言葉だと気づいていく。

 主人公が腐っていると、生徒たちの方がお互い助け合って元気になってきていた。小学生がいじめっ子と野球対決をするので、解説者が野球を教えるという。

 野球がダメになると、小学生は落語を披露したいという。まずまず聞けるようになった黒猫の『まんじゅうこわい』と、小学生の上方落語『まんじゅうこわい』で東西対決と謳って客を集めることになる。

 いじめっ子や、黒猫の女友達二人や、婆ァの知り合い、小学生のお母さんなど、思いもよらず客が集まった。婆ァと、自宅をせっせと会場に整えていく。

 主人公は小学生の発表に感動して泣いてしまい、務めるはずだった最後の出番もうやむやになる。

 全てが終わった後、黒猫が、お礼をずっと言いたかった、と言って主人公の後をつけて来ていた。

 意地を張って、顔を突き合わせるとケンカばかりしていた二人が、やっと心を解いて、言いたいことを言えたのだった。

『しゃべれどもしゃべれども』 佐藤多佳子著 新潮文庫 2000年

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