4 試練の始まり / ぐっち

 妻が妊娠した、といっても僕にはその実感が全く持てずにいた。それはそのはずだ。今ここに赤ちゃんが来たわけではないし、生活事態昨日とは何も変わらないからだ。
一方で、図らずも妻は否応なく実感させられることになってしまった。
 その時は突然訪れた。天ぷらをお腹いっぱい食べて喜んでいたのもほんのつかの間、次の日にはもう何も受け付けなくなっていた。決して天ぷらを食べすぎたからではない。
つわりというのはこんなにも突然来るものなのか。誰よりも妻が一番びっくりしたことだろう。どんな病気にかかるより唐突だと思った。だって一晩寝て起きたら吐き気で何も食べられないというのだから。食べるために生きている妻にとっては生きる希望を失ってしまうと言っても過言ではないはずだ。
それからというもの、長期の休暇で家にいる妻に食べられるものを探して運ぶという毎日が始まった。まるで親鳥が雛に食べ物を運ぶ様子そのものだ。幸いにも僕はこの期間ほとんど在宅ワークだったため、家事やご飯の用意はしやすかった。
食べられるものを探すと一言でいってもそれは簡単なことではなかった。ネットにはゼリーやヨーグルト、パンなどと書いてあったためそれらを全部買って帰ったら、ヨーグルトは全く受け付けない。あっさりしたものしか食べられないのかと思っていたらフライドポテトだけは食べられたりする。その時点でもうこっちはちんぷんかんぷんだ。
わからないなりにも一つ大きく救われた点は、妻が食べられそうなものをその都度具体的に伝えてくれたことだ。ネットの情報もある程度参考にはなるのだが、結局は「個人差があるためその時の状態に合わせて」という文言で締めくくられている。
それはその通りなのだ。先輩ままに聞いても食べられるものは人に寄ってそれぞれ違うし、その時のタイミングに寄っても変わるらしい。そんなのわかるわけがないじゃないか!
「これだけは外さない!つわりの定番メニュー5選」
とかいうブログでも書いたら大儲けできるんじゃないかと本気で考えた。
 そんなこんなで気づいたら季節が冬から春へと変わろうとしていた。今考えるとこの頃はお互いにストレスがたまってきていたのだと思う。
「なんで自分ばっかり出かけて」
久しぶりに一日友人と遊んで帰った日、妻がぼそっと言った。
「おれはできるだけのことはやってるつもりやし、出掛けることを一緒に我慢してたらほんまに二人で精神的につぶれる」
要するにけんかである。妻は食べられないことと胃の痛さで身体的に苦しいし、もちろんそんな状態で出かけるなんてもってのほかだ。一方僕としてはご飯も毎回準備してるし、たまに一日遊びに行くぐらいいいじゃないかと思った。
このけんかに特に解決策がないことぐらい二人とも分かっていた。ただ言わずにはいられなかっただけだ。お互い人間だから。
 最初に、妊娠しても生活事態は変わらないと書いたがそれは違った。生活はガラッと変わった。ただそれは、赤ちゃんができたことを手放しで喜べるような状況ではなかったというだけだ。冬の冷たい空気がまだ残る3月中旬、とうとう妻はポカリスエットすら受け付けなくなり入院することになってしまった。
(続く)

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