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【おいしいボタニカル・アート展】イギリスの息吹を感じた展示物

今年の秋はどの美術展に行こうかな?
そう考えていた私の目に飛び込んできたのが、広島県立美術館で開催中の「おいしいボタニカル・アート」展でした。
会期は2023年10月6日から11月26日です。

告知のポスターに小さな文字で書かれている「英国キュー王立植物園」の文字に目がくぎ付けになりました。
「キューガーデンが広島に来る!」
いつかは行ってみたいロンドン。
幼い日に友と語った、美術館や博物館を巡りながら世界一周をする夢。
私の中でのロンドンお出かけリストには、キューガーデンもひそかに加えられていたのです。


ボタニカルアートってなに?

ボタニカルアートとは、植物画のことです。
写真のない時代、薬草学や植物学の研究のために草花を緻密に描いた植物画は、今ではアート作品として鑑賞されるようになりました。
植物の最も美しい瞬間を描いているのですから、芸術作品として鑑賞される完成度を持っているのです。
最近では塗り絵の題材として使われたり、NHKの朝ドラ「らんまん」で主人公の見事な植物画に触れたりして、身近に感じていたところでした。

世界でも有数の植物園「キューガーデン」

1759年に宮殿に併設された薬草園として始まったのが、キュー王立植物園の始まりです。
ロンドンの市民からは「キューガーデン」の愛称で親しまれており、250年に及ぶ歴史と3万種類以上の植物、ロイヤルの称号を持つ植物園へと発展しました。
世界遺産に登録された、世界でも有数の植物園です。
熱帯植物を栽培するためのガラス張りの大温室は、大英帝国の威信を表す建物でもあります。

図鑑に載せるために当時を代表する植物画家が、植物の花や葉の様子、種子や実まで一目でわかるように植物画を描いていました。
ボタニカルアート展では、食用の植物の伝来や栽培方法、交配の様子、そしてイギリスの食文化をキュー王立植物園所蔵の品々を使いながらわかりやすく展示されています。

りんごはイギリス人にとって最も身近な果物

展示物の中で私が特に気になったのは、果物の植物画です。
最初に紹介されていたのは、りんごでした。
葉脈がくっきり見えるように表側と裏側を向けた葉、品種ごとに異なる実の表情。
赤い筋があるりんご、斑点が見えるりんご、とても小さな実がたわわに実っているりんご。
平べったい形をしたりんごもあります。
植物画の説明では、どこで見つかった品種か、どの地域で栽培されていたのか、果肉の特徴や当時の人気度などが細やかに記載されています。
味や栽培地域、食べられる期間まで書かれていたのはりんごだけでした。
寒冷な気候のイギリスでは、りんごには害虫が発生しないそうです。
栽培が容易で長期の保存が可能なりんごは、デザートとして特別な存在だったのでしょう。
交配された品種も多く、イギリスの食生活の中で重用されていたのかがうかがえる展示です。

展示を見ながら、大好きな「赤毛のアン」で描写されるりんごが使われたシーンを思い浮かべました。
りんごの花やりんごの砂糖漬け、アップルパイ。
赤毛のアンはカナダが舞台ですが、当時は大英帝国のカナダ。
作品の中では他のどの果物よりも、りんごが思い浮かびます。
イギリスの生活の中でこれほどりんごが身近な果物だったことは、日本に暮らす私には思いもかけない発見でした。

時代ごとのテーブルセッティング

展示物の中には、イギリスの暮らしを紹介するコーナーもあります。
ウェッジウッドやロイヤルウースター、ミントンのティーポットやティーカップの展示です。
日本のお湯飲みにそっくりな形をしたティーカップに、一緒に行った母が驚いていました。
ヨーロッパの陶器は、中国や日本から輸入された陶磁器を参考に作られたものです。
初期の作品には、持ち手が付けられていないティーカップがあるのです。

私は各時代のティーセッティングの展示に興味を持ちました。
家庭でお茶を飲む文化が広がった中期ジョージ王朝時代(1760年から1800年)の展示では、3脚テーブルにティーセッティングが再現されています。
ティータイムは特別なおもてなしや社交の場だったのでしょう。
ティーポットやシュガーポット、ミルク入れには装飾がほどこされていました。

テーブルの上にティーセッティングされた光景
中期ジョージ王朝様式のティーセッティング
ティーカップやソーサーの柄は伊万里焼に似ている

19世紀後半のアーツ・アンド・クラフツ運動を背景とした展示では、お茶を飲む文化がより肩の力を抜いた日常になっていることがよくわかります。
折り畳みができるテーブル、飾りのない素朴なティーポットやシュガーポット。
使われているティーカップやソーサーの柄もりんごのモチーフで、デザインの中にイギリスの自然の姿が写し込まれています。

折りたたみテーブルにセッティングされたティーセット
アーツ・アンド・クラフツ運動時代のティーセッティング

海の向こうの果物や香辛料

プラントハンター達が大英帝国の植民地から多種多様な植物を持ち帰ったのは、もともとイギリスの風土では食用にできる果物や野菜が少なかったからです。
18世紀の初め頃には、食後のデザートとして果物が出されるようになりました。
特に柑橘類は、紅茶の香り付けやマーマレードの原料のため、イギリスの食卓には欠かせない果物です。
柑橘類専用の温室「オランジュリー」を持つことが、富の象徴となりました。
ボタニカルアート展でも、オレンジやスイカなど温室を使わなければ栽培できない果物が紹介されています。


ピスタチオのボタニカル・アート
ピスタチオの植物画

ピスタチオの絵を見た時には感激しました。
情報が簡単に手に入る今の時代でも、ピスタチオの木や葉、芽や実のつき方などは知りません。
「昔の人は植物画を通して遠い異国に思いをはせたのだろうか?」
「植物画を描いた人は、どんな思いでピスタチオの姿を写し取ったのだろう」
「ピスタチオの食べ方も今とは違うだろうな」
一つの絵を見て、想像がふくらみます。

まとめ

「おいしいボタニカル・アート」展にはレシピ集やビクトリア朝時代の大ベストセラー「ビートン夫人の家政読本」の原本も展示され、ディナーセッティングが再現されています。
ボタニカルアートに興味のない人も、インテリアや食に関する展示から植物画に興味を広げられるでしょう。
最初に想像をしていた以上に、楽しい時間を過ごせました。

「おいしいボタニカル・アート」展は、2023年10月6日から11月26日まで広島県立美術館で開催されています。
キュー王立植物園のボタニカルアートから、身近な植物とイギリスの歴史や文化をさらに深く知る展示。
この秋、「食を彩る植物のものがたり」の旅にお出かけください。

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