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散髪が嫌だった記憶を辿る。(理容師/美容師)

こんばんは。

佐藤です。

先日、お客様に『髪を切る仕事してるのに、髪を切りに行くのが嫌だったなんて、すごい面白いね』って言われたので、昔を思い出しながら少しだけ書いてみます。笑

ちょっと長くなったので、もし興味ある方は読んでみてください!
(まとまりないので、予めすみません)

幼少期。

髪を切る事が、
コンプレックスになった。

まず、僕の田舎町には床屋が一軒しかなかった。

いつも、70歳前後のおじちゃんが担当してくれた。

どんなに長めでと言っても、
親のオーダーが1番優先されるヒエラルキー。笑

うちの親は、
『さっぱり短くでお願いします!』

いっつも、仕上がるとスポーツ刈り。笑

もみあげは、まっすぐ。

2週間位は苦痛でしょうがない。

2ヶ月経つと、またその散髪時期がくる。

小さいながら、ストレスだった。


時は経ち、、、

お洒落ついてきた中学生。

隣町の美容室に行ってみた。

ヘアカタログを見せられ、
こんな感じがいいなぁーと、オーダー。

お、かっこいい!

帰って、シャンプーして2.3日。

『なんか、決まらないというか、しっくりこない、、』
(生意気にも理想は割としっかりある)

そこからというもの、定着することなく、色んな美容室理容室を点々と。

バンドマンに憧れてた頃だったから、
こんな髪型したいなぁーみたいな理想はあったのだが、少し変わった髪型だったりするので、
髪型よりも、
そもそもその感覚を伝えるとこから、
始まるのが嫌で、、

その上、伝えれない。
伝わらない。

それだったら、安い店いって、切ったらいっかーみたいな感覚になってた時期もあったり。

とりあえず、何度も繰り返し行くお店はなかなかなかった。

高校生の就活の時期になった。

手に職があるといいね!と。
親はよくいっていた。

それは、なんとなく自分の中にあった。

就職も考えられず、
大学にいくことももちろん考えれず、
お洒落ができて、スーツをきない仕事で、音楽ができたらいいなぁー みたいな
そんな感覚で、
何職種か検討して
理容美容専門学校へ。

(割と動機は単純。笑 音楽と服でお洒落するのが最優先出来る道の選択。)

今、振り返ってみると、
この2年がめちゃくちゃ楽しかった。
仲間も先生も最高だった。

勉強して、ウィック(人形)で練習して、ラーメン屋でバイトして、ライブをみにいって、友達と飲み行って、繰り返し。

少ないバイト代は
ライブハウス代、
洋服代
レコード代に充てる。

長期休みは
先に上京した先輩(高校時代のバンド仲間)のとこへ、遊びいったり。

東京にドキドキ。

高円寺、下北沢、新宿、色んなレコード屋、古着屋、まわって、地元帰って、やっぱり東京刺激的でいいなぁって。

地元は地元で、ひとまわり以上離れた先輩達との音楽コミュニティがあって、可愛がってもらってた。(みんな本当にバイタリティのある人達だった)


専門学校の就活の時期。

先生に
『男なら東京で揉まれてきなさい!』と背中をおされ。笑

岩手好きだったし、残りたかったが、
就職場所があんまりないし、
3年位で帰ってくるから、東京もおもしろいし、
東京就職でもいっか!

そんな気持ちで上京。

(ありがたい事に、沢山の出会いがあり、今は家庭も持ったので東京に根付きました)

ここからは、社会人の洗礼を受け、
20代は修行の時期に入る。笑

朝から晩まで、サロンにいる生活になった。

なかなか、自分の好きなものから遠ざかって、
それが普通になっていた。


大好きだったPUNKのマインドでは、普通の社会人にはなれなかったなぁ。

最初は、
これが、社会なんだ!といい聞かせ、
いい聞かせられ

そのうち、言い聞かせてる自分も
いなくなってた。笑

かなり割愛されてるが、
そこからが、
過去ブログにつながります。

色んな仕事の選び方があっていいと思いますね。

好きを仕事にする方が楽しいけど、

そうじゃなきゃだめなんだと

囚われすぎる位なら、

仕事は仕事って考えで全然いいと思う。

その時のフェーズによって、
感覚も考えも変わるから。

僕は今は仕事は楽しいフェーズ。
(新卒時は、そんな自分、想像も出来なかった)

20代前半はしんどかった修行フェーズ。

20代後半はガムシャラにやって、
稼ぎを気にするフェーズ。


昔ね、
その先に、楽がある!
今を耐えるんだ
みたいな事もいわれてたけど。

それも、凄い違和感あったなぁ。

"楽じゃなくていいから、楽しい事したいんだよなぁ"

偉そうにもそんな事思いながら説教を聞いてた。笑

今も昔も、
誰かの普通に合わせるから、疲れるんだよね、多分ね。

振り返ると、その時々で、自分の感覚と現状のズレが出てきた時に、
僕自身、これからのあり方を自分の取捨選択する時期に入ってく感覚(傾向)がある。

それが自分にとっての転換期のようだ。

これから先も新しい転換期が来る事もあるかもしれない。

そこに耳を傾けて、大切にしたい。



(誤解を招いちゃうので、、、補足)

基本的に先輩との付き合いは多く、
仕事は厳しかったが、
楽しい事、沢山あった。
沢山社会も教えてもらった。
沢山可愛がってもらえました。
多分あの頃の先輩は誰も読んでないと思いますが

ありがとうございました。

まぁ、
振り返ってみると、僕みたいな人間は最初の1番最初の会社で規則正しく、正されてよかったのかもしれないすね。笑


話はそれましたが、何故髪を切る人間が
散髪が嫌いだったのに、
この仕事を続けてるのか?

僕は単純に音楽とか洋服とか、好きなものに繋がれるものを求めた。

(ずっと思い出したりして、考えてたが、何か憧れが仕事に直結しなければならないという世の風潮があるけど、僕は正直にこれが動機だった)

ただ、それだけで、その先の予想はしないし、出来ないし、その時を選択して進んだ結果の積み重ねと考えてます。

逆説的にいうと、理想があまりなかったが故に続けてこれたかもしれない。

楽しい事があれば、純粋に楽しいしね。

しんどい事があれば、まぁそんなこともあるよなぁーみたいな。笑

今は楽しいと感じるし、この仕事でよかったなと思ってます!


憧れもコンプレックスも理想も、
一線上では、
たいした変わらないんじゃないかと思う。

憧れが強いからって理想に
近づけるかはわからないし。

コンプレックスがあるから
理想に近づけないわけでもないし。

気張ってようが、脱力してようが、
自分のやり方と時間の軸で、
着実に進んでいくのがいいのかなと思う。

それが、決して他にモデルがなくてもね。

ねぇ、こうして僕みたいな人間もいるし。笑

髪を切る人間だって、色んな人がいていいと思う。

苦手な過去があるから、多分そんなお客様もいるだろうと、わかる事が出来るしね。


僕の専門学校の時の仲間は、
いい加減(いい意味でも)だった人間(僕も含め 笑)が今もこの仕事で
それなりに、ちゃんと生活してますね。笑


次回は、うってかわって、もう少し、仕事の楽しい側面部分に触れれたら良いなと思います!
そのうち、掲載しますね。


まとまりのない、回想ブログでしたが、
お読み頂きありがとうございます!



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