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海外から見た日本の "発酵"

ーMETRO MIN.『 INTO THE FOOD VOL.18』  DEC.2017 再掲ー

「人生で初めてぬか漬け作りをしたのは、デンマークのボーンホルム島でした」。今月オープンする(取材当時2017年11月)日本料理店「kabi」のヘッドシェフ、安田翔平さんは、2015年、新北欧料理を知るためにデンマークのレストラン「カドー」(ボーンホルム島)の厨房に入った。同店はミシュランガイドでは一ツ星。料理業界では注目店として知られている。その店で研究されていたのが日本や東南アジアの発酵食品だった。「日本人だから、漬物や味噌の作り方はわかるだろうっていわれたのですが、全く説明できませんでした」

デンマークでは主役、日本の漬物。

フランス料理でキャリアを積んできた人生に、ぬか漬けが入る余地は、それまでなかった。すぐに日本からぬか床や味噌、奈良漬けなどを取り寄せ、You Tubeも見ながら試作。「僕の作ったぬか漬けが好評で、これで1皿作ろうという話になりました。日本人には、漬物を主役にする発想はないので驚きました」

北欧の厨房は、日本の文化を客観的に見る時間となった。北欧は、味噌の主原料である小麦や大豆の産地ではないが、身近にある大麦と大豆以外のタンパク源で代替し、グリーンピース味噌やホタテ味噌など、オリジナル味噌を作ることに厨房が湧いていた。味に基準がない分、発想は自由だ。

「日本は、今まで西欧料理をコピーしてきました。本国を超えたとも言われています。でも、どこまで行ってもコピーに変わりはない。発酵文化は日本独自のもの。もっと日本人がやれる日本料理があるはずです」

なぜ日本の発酵がブームなのか?

北欧でなぜ日本の発酵がブームなのか。ストックホルム在住で北欧料理の流れを見てきたジャーナリストの神咲子さんは「北欧にも保存食文化はありますが、塩蔵やマリネが中心で味が強い。日本の麹は、甘みや旨みを出し、味を変化させながら保存できて魅力的なのです」と話す。

また、日本国内でも外国人の間で話題となり、日本人が追随する発酵文化がある。岩手県遠野市で民宿を営む料理人で、どぶろくの醸造も行う佐々木要太郎さんのケースがそうだ。佐々木さんは、2003年に遠野市がどぶろく特区になったのをきっかけに醸造を始めた。「僕自身、どぶろくをきっかけに日本の発酵文化に目覚めました。日本酒の原点であるどぶろくは、万葉集にも載っている誇るべき酒。満足のいくものを造るのに12年かかりました」

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海外からのブーメラン効果で

佐々木さんのどぶろくは、今年(取材時点2017年)、世界的に有名なスペインのレストラン「ムガリッツ」のペアリングコースのテーマに採択された。さらに、スペインのサンセバスチャンにある食の専門大学「バスク・クリナリーセンター」やバルセロナの「セット大学」、イタリアの「パルマ大学」からも、どぶろくの講師として招聘を受けている。繋ぎ手は、スペイン人やイタリア人のインポーターやコーディネーターだ。実際に、スペインやイタリアに行って、佐々木さんは「これは飲むチーズだねって言われたのが嬉しかった」と語る。1年半ほど酵母が死活しない日本古来の水酛仕込みのどぶろくは、佐々木さんが海外輸出を想定して造り方を研究した。豊富な乳酸菌を含み、チーズや生ハムなどの発酵食にも合う。こうした評判を聞いて日本酒の蔵元や、地方企業をサポートする日本企業も、佐々木さんの元を訪れるようになった。

欧米のレストランでは、ラボを構えてオリジナルの食材や料理開発を行う店が増えつつある。そこで関心が高まっているのが日本の発酵食だ。UMAMIやDASHIの世界的なトレンドを経て、海外の人々は、日本の麹菌に辿り着いた。彼らにとっては、秘密を見つけた感覚かもしれない。今や、麹を造るレストランもある。その熱狂ぶりに驚くのは日本人だ。

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若い世代でなくても、日本の発酵食の仕組みは知らない日本人が大半で、実は外国人と知識は変わらない。しかし、安田さんや佐々木さんらがそうであったように、関心を持つきっかけさえあれば、日本人にスイッチが入ってもおかしくはない。そのスイッチは今、海外から押されている。

取材は2017年で2年前、「kabi」がお店を作っている最中でした。若い安田さんが日本の発酵文化を取り入れた料理は日本料理と呼ぶべきだし、日本人はもっと自国の文化に自信を持つべきだと語っていたのが印象的でした。佐々木さんのどぶろくも料理も、当時よりさらに注目をあび、発酵に対して真摯な活動を行い発信をする人々は、今モテモテ。発酵は、アジアや様々な分野の人々を繋げるプラットホームとしてますます面白くなっています。


今後の取材調査費に使わせていただきます。