散歩の効能
雨の日の散歩が好きだ。
普段はたくさんの人がジョギングをしている公園も、雨の日は、ひっそりとしている。
濡れた草木の香りは瑞々しく気持ちがいいし、葉に思うさま雨粒を受けている木々もどことなく嬉しそう。
ときどきすれ違う人もわたしも、それぞれが雨と傘に閉じ込められて、なんだかまるでプライベートな空間ごと移動しているみたい。
雨音と草木の香りに満ちた、プライベート空間。
あまりの心地よさに、ふと気がつくと、いつもよりたくさん歩いている。
晴れの日の散歩が好きだ。
小鳥がさかんに鳴き交わし、木の葉は風に気持ちよさそうに揺れる。
犬たちはうきうきと歩き、すれ違いざまにわたしの足に鼻をつけ、匂いをかぐ。
ソーシャルディスタンスなんてまるで関係ない彼らの陽気な挨拶は、わたしの心をぱあっと明るくする。
行きかう人々の顔もどことなく晴れやかで、ああ人の心はこんなにもお天気と繋がっているんだな、と思う。
曇りの日の散歩が好きだ。
曇天の下にひろがる空気は暑さも寒さも和らいで、やさしい。
その抵抗のない空気はわたし自身の心と地続きのようで、まるで自分の心の中を歩いているような心持ちになる。
どこまでもどこまでも歩いていけるような、気分になる。
* * * *
わたしは総じて散歩が好きだ。
どんな日でも、散歩から帰った後は心が少し、元気になっている。
でも、散歩がこんなふうに好きになったのは、ほんの一年前だ。
一年前、わたしは虫垂炎の手術を受けた。
本来難しくないはずのその手術は、虫垂が破裂していたことにより難航した。
腸閉塞防止のためとにかく歩くようにと医師からアドバイスを受け、術後2日目から痛み止めの点滴をして院内を歩き始めた。
目標は一日5000歩とのこと。
一歩あるくたびに痛むため「とてもそんなに歩けない」と思うのだけれど、腸閉塞になりたくない一心で歩いた。
ゆっくりしか歩けないため一日がかりで歩き、夕方にはへとへとになった。
少しでも明るい気分になりたくてハワイアンミュージックや沖縄の音楽をイヤフォンで聴きながら歩くうち(この時期、少しでも暗さのある音楽は心が一切受けつけなかった)、ふと、「歩くとなんだかいい感じ」だということに気づいた。
体は疲れているはずなのに、体も心も、歩く前より一段階、軽くなるのだ。
苦行でしかなかった「歩くこと」が、好きになった瞬間だった。
* * * *
そんなわけで、今では散歩はわたしの味方だ。
雨の日も晴れの日も、わたしは歩く。
予定があって散歩の時間が取れない日には、いつもより早起きをして、寝ている家族を起こさないようにそっと玄関を出る。
帰ってこの玄関を開ける頃にはまた少し、体も心も軽くなっているんだろうな、と思いながら。
* * * *
お読みいただきありがとうございました。
今日も良い日になりますように!
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