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路上生活に至る理由の話


1. はじめに

 厚生労働省による2003年の調査開始以降、日本の路上生活者の数は減少傾向にあり、2021年の調査において、路上生活者の数は3,824人となっています1)。路上生活者数は減少していますが、ネットカフェで生活する人や避難シェルターなどで生活する人など決まった建物で寝ることができない人もいます。そのため、実質的な路上生活者は調査の数より多いと考えられます。

 これまでの研究で、長期的な路上生活は健康に悪影響を及ぼすことがわかっています2)。また、路上生活者の平均寿命は一般的な人々と比較して低いことも明らかになっています2)。そのため、路上生活の問題は公衆衛生的な視点からみても重要な問題であり、彼らの生命を守る必要があると考えます。

 なぜ路上生活者の人々は路上生活の状態に陥ったのでしょうか?今回はその要因について考えてみたいと思います。

2.社会的排除の観点からみた路上生活の要因

 路上生活となる要因を検討していくためには、「社会的排除(social exclusion)」という概念を知る必要があります。社会的排除とは資源・お金の不足だけを問題とするだけでなく、その資源の不足をきっかけとして徐々に社会から排除(追い出される)され、最終的に人・仕事・場所とのつながりを失っていくプロセスや状態のことを言います3)。(図1)

  路上生活となる要因は様々ですが、人が社会や集団から排除されていく社会的排除のプロセスを理解することで路上生活となる要因を考えることができると考えています4)。人はどのようにして社会から排除され、路上生活を送ることになるのかについて考えてみたいと思います。

図1.社会的排除の観点からみた路上生活(筆者作成)

人間関係(人とのつながり)からの排除

 世帯別にみた高齢者の会話の頻度を調査した結果をお示ししています(図2)。”2~3日に1回以下の会話の頻度”を見ると男性の一人暮らし世帯において、41.2%、女性は32.4%となっています5)。このデータは多くの高齢者が孤独の危険にさらされながら生活していることを示しています。

図2.性・世帯構成別 会話頻度(厚生労働省.高齢者の生活実態に関する調査より)

 OECDによる社会的孤立に関する調査によると(図3)、日本における「友人、同僚、社会団体の人と一緒にすごすことがない」という人の割合は15.3%と、他の国と比較しても突出しています6)。いざという時に頼れる人がいない状況にある人がいるということ、言い換えれば”人とのつながり”を失ってしまうことで、サポートを受けにくい状況になってしまいます。

 もし、経済的に困難な状況になった場合、サポートを受けるつながりを失っていたため、路上生活に移行してしまう可能性があるのではないでしょうか。

図3. 家族以外と交流のない人の割合厚生労働省.生活困窮者・孤立者の現状.
出典OECD society at galance 2005より

 データが示しているように、社会からの孤立が、人間関係からの排除につながっている可能性があることがわかります。そこで、

 「なぜ、誰かと話す機会を失ってしまったのか?」について、その原因を検討することが必要です。人とのつながりを維持するために、孤立の状態にある人のサポート体制を気づくことが日本の取るべき方針ではないかと考えます。今回は高齢者について検討しましたが、現代においては若者の引きこもりなども社会問題化しており、年齢に関わらずアプローチが求められています。

仕事からの排除

 私たちは仕事をしてその対価としてお金を受け取っています。しかし、仕事はお金を得るためのものだけでなく、社会から役割を与えられて社会のために働くことで承認を得ているという側面があります。他人から承認を得るて、社会の一員として社会貢献できているのだと自覚することで、私たちは心を安定させている部分があります。そのため、失業はその心の拠り所を喪失してしまうことを意味しています。さらに、仕事現場や会社などの社会とのつながりを喪失してしまうことにも関係します。

 近年、非正規雇用労働者の増加に伴い、ワーキングプアも増加しており、社会問題となっています。非正規雇用・ワーキングプアの状態が長引くと、健康を害してしまい7)、益々社会復帰が困難な状況に陥るため、メンタルケア・就労支援・職業訓練などの早期のサポートが必要になります。

 場所からの排除

 私たちは普段、気づいていないだけで自分の場所を持っています。それは、自分の部屋、学校、カフェ、図書館、ネットの世界など様々あると思います。しかし、人間関係や仕事から排除され、社会的排除が究極まで進んだ時に、人は住んでいる地域や家などの場所から排除されます。元々、自分のいた場所から追い出された結果として人は路上に到達します。場所を失ってしまった人は、安心して日々をすごすことが困難になります。そのため、常に自然現象や危険と隣り合わせの生活で、心身は虚弱していきます。

この記事を読んでいるみなさまの場所はどこでしょうか?

3.おわりに

 社会的排除は路上生活の要因だけでなく、健康、格差、経済など人間社会の生活全てに関わる問題です。社会的排除の状態になるまでの過程や要因は多岐に渡るため、全ての要因を取り除くことは困難です。しかし、何か一つでも要因を解決することで、社会的排除の状況に陥る人は減少します。路上生活の問題に限らず、問題に直面した時に「仕方ない」と思考停止してはなりません。

 ”なぜ?“、”どうしたらこの問題が解決するのか”と常に考えることで、解決困難な社会問題解決のための糸口が見えてくると思います。

 次回はなぜ貧困問題に取り組む必要があるのか?について考えていきたいと思います。

4. 参考文献

1) 厚生労働省.ホームレスの実態に関する全国調査. https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12003000-Shakaiengokyoku-Shakai-Chiikifukushika/02_homeless28_kekkasyousai.pdf. (2022年2月17日アクセス可).
2) Seena Fazel, John R Geddes, Margot Kushel. The health of homeless people in high-income countries:descriptive epidemiology, health consequences and clinical and policy recommendations. Lancet. 2014 Oct 25; 384(9953): 1529–1540.
3) 岩田正美. 社会的排除-参加の欠如・不確かな帰属. 有斐閣. 2008.
4) 阿部彩. 弱者の居場所がない社会-貧困・格差と社会的包摂-. 講談社現代新書. 2020.
5) 厚生労働省.高齢者の生活実態に関する調査.
https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h20/kenkyu/gaiyo/pdf/kekka.pdf (2022年2月17日アクセス可).
6) 厚生労働省.生活困窮者・孤立者の現状.
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000029cea-att/2r98520000029cit.pdf (2022年2月18日アクセス可).
7) 矢野榮二. 非正規雇用と健康. 学術の動向.2010.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/15/10/15_10_10_20/_pdf(2022年2月17日アクセス可).





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