見出し画像

12 最終決戦 / はるか

 計画無痛分娩三日目。午前は前日までと同様、促進剤を使用した。ただ麻酔は痛みに耐えられなくなってからということだった。
その時点ではじっとしていられる程度の断続的な陣痛だったため、どうにか我慢することができた。
昼過ぎになっても強い陣痛にはならなかった。そこで先生が人工破膜の処置をした。
先生が卵膜に穴を開けるぱちんという衝撃と、暖かい羊水がドバっと流れ出る感覚があった。そこからお産は急速に進んだ。
数十分後には鋭い痛みがお腹に走り、麻酔を入れてもらい始めた。
無痛分娩といっても痛みはゼロにならない。腰を内側から強く押される痛みは増した。
助産師さんに言われたとおり
「ふー、ふー、ふー」
と息をゆっくり吐き続けた。看護師さんが何度目かに見に来てくれた時、子宮口の開きは8センチになった。子供を生む準備が整いつつあったのだ。
陣痛の収まったタイミングで分娩室に移動した。夫も電話で病院に呼ばれ、ラストスパートに差し掛かった。
夫が到着すると、横で手を握ってもらった。子宮口の開きが10センチになり、助産師さんに
「しっかり力んでー!!!」
と言われた時、陣痛は最大になった。腰やお腹の痛みに加え力み続けた結果、全身の筋肉が重たくなり、身体がうまく動かせなくなった。
子供の頭が出る瞬間には、痛すぎてわけがわからなくなった。
「痛いー!もうむりー!!!」
と言い、号泣してしまったほどだ。
子供の体がにゅるりと出てきてしばらくすると
「ふにゃー、ふにゃー」
と小さな泣き声が響いた。私は無事に子供が生まれたことと、苦痛に終わりが見えたことから猛烈な眠気に襲われた。
わが子の産声で幸せに包まれたとか、痛みを感じなくなったとかいう出産の神秘的な体験談を読み、自分もそうなるのでは?と期待していた。しかしそんなことはなかった。
感傷的な気分に浸る余裕もないし、痛いものはどこまでいっても痛かった。
 わが子の誕生を実感したのは、胸の上に載せてもらった子供に触れた時だった。水でふやけたような温かい肌や、か細いながらもしっかりと動かしている手足、コロコロとした丸いお腹、大きさの割にずしりと重たい体。そのすべてが「生きているぞ!」と全身全霊で私に伝えてきているようだった。
夫も生まれたばかりの子供を腕に、
「いっぱい頑張ったね。かわいいね。」
と何度も言ってくれた。
 すべての処置が終わり、生まれてすぐの娘と私、夫の3人で写真や動画を撮ってもらった。私はできたてほやほやの私たち3人家族を暖かく幸せなものにしていきたいと心から思った。
(最終回へ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?